「・・・、?」
そこにいるネズミがアニメ―ガスであると、歯車が狂いだした元凶であるのだと、僕がハリー達に説明しようとしたそんな矢先、シリウスがふと、彼女の名前を口にした。何だろうと隣にいたシリウスへと顔を向けると、彼は視線を彷徨わせて何かを探しているような素振りをしていた。
「シリウス、どうしたんだい?」
「いや、今、の声が聞こえた気がして・・・」
「・・・シリウス?」
彼へと声をかければ、シリウスから再度紡がれた彼女の名前。がシリウスを呼んだ?シリウスの言葉に、僕も彼が視線を彷徨わせていた方向へと顔を向けようとすると、けれどシリウスはそこから視線を背けて、それが幻聴だと、自分がおかしいのだと言うように自嘲するような笑みを一瞬だけ浮かべて、そしてひどく辛そうに、口を開いた。
「・・・今、だけじゃないんだ。俺がアズカバンから出た時から、・・・いや、あそこにいた間もずっと、」
「の俺の名を呼ぶ声が、ずっと、俺にはっ・・・」 両手を、まるで祈る時のように握りしめ、口元にその手を寄せるシリウスのその姿は、があの日、シリウスが指輪を落としてしまったあの日に、しゃがみこんでその指輪を握りしめていたその姿と、全く同じだった。それぞれが辛い思いをしているだろう相手の事を想いながら、お互いの無事を祈るように、
「・・・それは、幻聴なんかじゃないよ、シリウス。彼女は、 は、君がアズカバンへと連れて行かれてしまってから、ずっと君の事ばかり考えてきたんだから。」
「・・・リーマス、」
「ああ、違ったね、訂正しないと。アズカバンに連れて行かれて、離れるずっと前から、お互いの事ばかり考えていたね。」
「歯車が食い違ってしまった、ずっと前から、」 そう言葉を切って、顔には笑みを浮かばせながらシリウスへと視線をやった。僕の視界に入ってくるシリウスの瞳には、が言っていたように、
「 も、君も、ずっとね。 そうだろう、シリウス?」
昔と変わらない、全く曇っていないその色と、その光が、そこにはあった。
**
「 シリウスっ!!」
懐かしい、その叫びの屋敷の一部屋に、ずっと、ずっと会いたいと、救いたいと思っていた、その彼の姿が、私の視界に大きく、大きく入ってきた。
「 ・・・っ、(本当に、彼がっ、)」
その何年も見ていない姿を見ただけで、目から涙が溢れて出して止める事ができなくて。唯一、動かせる手を口へと伸ばして震わせてしまいながらそれを覆った。ずっと待ち望んでいた、私のすべてが今、ようやく自分の視界に映し出されている事が、堪らなく、
「これは、・・・現実、なの? (彼が、そこにいるのは、本当に?)」
一瞬、自分の願望が映し出されただけの夢なのではないかと疑ったが、けれど、それにしては現実とひどくリンクしているように思えた。ハリー達がいて、リーマスがいて、 そして・・・ひどく、窶れてぼろぼろになってしまっているシリウスがいて。彼らの影まで、しっかりとそこにはあった。何もかもが、夢である、とは言い切れないくらいに、すべてが鮮明に映し出されていた。
でも、今見ているこれが、本当に今、私が眠ってしまっている間の現実として起こっている事だとしても、何で彼らが叫びの屋敷に?シリウスはハリー達まで引き込んで・・・それに、よく見れば奥でセブルスが倒れ込んでいるし・・・本当に、ここで一体何が、
「・・・っ! (彼らの行動、って、・・・まさか、!)」
ふと、その瞬間、先程おじいちゃんに言われたばかりだったその言葉を思い出した。彼らの行動をしっかりと自分の目に焼き付け、その時自分が選び取るべき正しい糸を見つけなさい、と。
「(・・・今から起きる事を、私は見なければならない、の?)」
本当なら、今すぐにでも叫びの屋敷へと行って、今視界に映し出されているそれが本当に現実であるか、本当にシリウスがそこにいるのか確かめにいきたい。何年も、何年もこの時を待ったのだ。彼の居場所を知る事ができた今、それを抑えるのはもちろんできる訳がないのだけれど・・・
「(でも、身体は動かないし、意識が現実へと戻る気配も一切ないし・・・)」
おじいちゃんからの言葉をもう一度頭の中で繰り返す。今見えているこの光景を見ることが、私にとって、そして彼にとっても正しい糸を選ぶ事になるというの?でも、これが、実際に起こっている光景なのだとしたら、それを後からどうにかする事なんて、
「(・・・、?)」
「っ!! ( ・・・今っ、)」
様々な疑問が脳内に入り込んで少しだけでも整理しておこうと考えていたその刹那、本当に一瞬だけだったけれど、シリウスの瞳が私の目に映り込んできて、彼の唇が私の名前を模った気がして。どうやら彼らの声を聞くことはできないらしい。彼の声が聞こえてこなかったから、本当に私の名前を呼んだのかは分からなかった。・・・けれど、
何年も前になってしまうけど、それでも彼が紡いでくれるその声を、その唇を、忘れた事なんて一度もないのだ。愛しいその声で、いつも嬉しそうに笑みを浮かべてくれていた、その唇で、 いつも、私の名前を、
「 シリウス、待ってて。もう少しだけ、あと少し、だから、」
もう少しだけ、・・・もうとっくに身体はぼろぼろで、限界を超えていることは痛いくらい分かっているけれど、でももう少しだけ、無事で、その姿でいてちょうだい。必ず、貴方を救い出すから、貴方がまた私の隣で笑ってくれるその日を、必ず作ってみせるから、
「 (さあ、やらなければならない事を、やらなければ。)」
祈るように手を組み、目を閉じて、そう言葉を紡いだ後、 再び私はおじいちゃんが映し出してくれているその光景へと顔を向けた。
「( 正しい道を、 輝いている星を、選びとるために。)」