「 ボス、俺は貴方に忠誠だけではなく、」
「 、何度も言っただろう?」
「、・・・ですが、」
「良いか、。俺の為にの命が失われるようなことが万が一あってみろ。」


「地獄で必ず俺がお前を叱ってやるからな。」 優しい笑みを浮かべて言われたその言葉。けれどその声音が冗談なんかで言っているのではないことくらい、ずっとボスの側にいたにとっては容易に理解できて。忠誠を誓わせてくれたあの日から、 いや、その前からずっと、ボスは、俺が捧げたいと、捧げる事が当たり前なのだと言っていたそれを、一度だって受け取った事なんて、



「  ・・・、」


ゆっくりと意識が起き上がっていく中で、はゆるりと瞼を開いた。


「(・・・、結局、受け取ってはもらえなかった、)」


かすんでいる天井を眺めながら、夢の中で聞いたその声を思い出す。この世界に居続けるということは、そういう事なのだ。事ある事に言い続けて、そして言い続けられたその言葉。・・・この世界にいる限り、その言葉を受け取ってもらえるまで言う事も、ましてや言葉を受けとってもらえなくとも、たとえ怒られるとしても些細なそれを捧げる、なんて事も、もう決して・・・


「 起きたか、」
「・・・、ああ、」


すると不意に、の横から声が降ってきた。人がいることは気配で感じてはいたが、まさか声が自分へと放たれるという事は予想していなかったらしい。気配から察するに、船長と呼ばれていた男だという事が分かっていたから、尚更にとってその男から声をかけられた事は予想外だった。そんな言葉をかけてくるような男だとは思っていなかったからだ。その所為で少し間が空いてしまったけれど、はその声にゆっくりと返事をする。


「・・・何故、」
「?」


そして、もう一つ。  間が空いてしまったのには、


「 何故、俺を二度も助ける?」


自分の体が横たわっている事を察したは、どうやら自分はまた倒れてしまったようだという事も未だにはっきりしない意識の中で把握する・・・のだけれど、何故、自分が再びベッドに寝かせられているのかは全く理解できなかったからで。


「俺はもう無価値な人間のはずだ。」


ずっと脳裏から離れてくれないその疑問をはようやく声に出す。一度目は気まぐれ、ということで済むかも知れない。だが二度目となると、状況から考えて、そこにはもう何らかの目的が生じてくるのでは、と考えざるを得なかった。異世界から来たと、訳の判らない突飛な事を言っている自覚があったには、その男の目的が皆目見当がつかなかったのだ。 ・・・どうして、わざわざこんな得体の知れない男を、 俺を、 


「  価値がねェかどうかを判断するのは俺だと思うが?」


男に解答を求めるよりも自分の中で答えを求めていたに、そんな言葉が紡がれた。動いてくれない体をそのままに、顔だけをその男へと向けたの視界には、何故だか、口角を上げて笑みを作っているその男の顔が映り込んできて。その表情にいっそうは困惑してしまった。

・・・どうして、この男は笑っているのだろうか?


「・・・それは、そうだが、」
「フフ、 一度目は確かにきまぐれだったが、」


男は読んでいた本を閉じて、言い淀んだのその目と自分のそれを絡ませた。相変わらず、当惑している様子はその目からも、その声からも、・・・というよりも、どの感情だってほとんど読み取る事ができないが、それでも男はのその目に猜疑心を持つことはなかった。のそれが開かれて、その色を一目見たその時から、 男は、


「  面白ェと思ったから。」
「 ・・・、?」
「理由なんざそれだけだ。」


落とされたその一言に、無表情だったの顔が、当惑、という先程も見たその色ではあったけれど、それでも少しだけ変わったその様子を見ていた男はさらに笑みを深くして。男のその言葉にどう返して良いのか分からないのだろう、視線を合わせたまま声を出せないでいたに、男は脚を組み替えながら、ソファの肘掛けに頬杖を突いて、ゆるりと言葉を続けた。


「フフ、何だ。こんな理由じゃ不満か?」
「、・・・いや、 そういう訳ではないんだが・・・ただ、」
「ただ?」
「・・・面白いなんて、言われたことがなかったから。」


「どちらかと言われなくとも、俺はつまらないと思われる側の人間だ。」 周りにもそう言われてきたし、自分でもそうだろうと思ってはいたから。 まだ体力が完全に戻っていない所為だろう、ずいぶんとゆっくりとした口調ではあったが、のその言葉は部屋の中へとしっかりと響いた。

なるほど、周りの反応も知っていたしその自覚もあったが、それを気にすることはしていなかった、と。ずいぶんと自分に対する周りの評価を気にすることなく生きてきたらしい・・・いや、というよりも、周りにも自分自身にもほとんど興味がなかったというべきか。

男がそんな事を考えている一方で、も同じように依然として完全には働いていない脳内で同じ事を考えていた。


「(・・・面白いと思ったから、未だに俺を生かしている、?)」


男の言葉をそのまま取って良いのであれば、がずっと疑問に思っていたその目的はこういうことになる。・・・生まれてこの方、そんな事を言われた事は一度もなかった。その男に言った通り、つまらないという言葉は敵対する人間、身内の人間関わらず、何度も言われたことはあったし、実際そういう人間なのだろうと自分でも思っていたのだ。

任務をこなす毎日で、特に趣味も、何かに興味を持つことも無い。自身、ボスにその身を尽くせればそれだけで満足していたのだけれど、周りにとっては、の感情が表に出にくいことも相俟って、ひどくつまらないものとして映っていたらしい。何度同じ言葉を吐き出された事か。ただ、そう思われたり言われたりする事で任務に何か支障が出るわけではなかったし、ボスに何か害が出るわけではなかったから、は気にしてこなかったのだけれど。


「・・・貴方は、」
「?」


・・・だから、まさかそれとは真逆の言葉を、それも笑みを浮かべながら自分に紡いでくる人がいるなんて考えもしなかったものだから、


「、 貴方は、おかしな人だ。」


は思わず独り言のようにその言葉を零してしまっていた。・・・けれど、当の本人はその言葉が音として出ていた事にすら気付いていないらしい。そして、の視線はすでに男から外れていたから、自分の言葉に男の目が丸く見開いていたことにも、・・・自分の顔に浮かんでいたそれにも、は、


「 フフ、お前ほどじゃねェがな。」
「・・・?」
「まだ体は完全に疲れがとれてる訳じゃねェんだ。」


「その証拠に、熱もまだ引いてねェ。」 が聞き取れない程の声で、ぽつりとそんな言葉が紡がれた後、の額に男の手がゆるりと乗せられる。ひやりと冷たさを感じるのは、男の体温が低い所為なのか、男の言う通り自分の体温が高くなっている所為なのかは分からないが、それがやけに心地良く感じられてしまって。

・・・いや、そもそも、額に手を乗せられること自体、今までほとんど経験のないにとっては訝しく思わなくてはいけないもので、いくら体がほとんど動かせない状態にあるとはいえ、反射的にいつもと同じように何らかの拒否反応を示すべきものだったというのに、・・・何故、俺は何の抵抗もなく、 この手を、


「だから、さっさと寝て体を休めろ。」 


男のその言葉と共に額にあったその手がゆるりと瞼に降りた瞬間、考えないといけないはずのその疑問が意識の奥底へと落ちていくのと同時に、の意識は男に言われるままにゆっくりと沈んでいったのだった。





Step off on the Wrong Foot

その間違いが自分の運命を変える決定打になるなんて事にも、もちろんは気付いていなくて。


Next
title by 鴉の鉤爪 / step off on the wrong foot(出だしから間違う)(英語成句で50のお題[on])