「俺がお前の心臓を止めてやる。」


自分の銃を目の前に差し出され、自らその引き金を引けという事だろうと、判断した直後に紡がれたその言葉。それはをひどく困惑させるものだった。用済みになれば消されるものだと当然思っていたというのに、男から放たれたその言葉はそれを許さないもので。


「(・・・訳が、分からない。)」


全くもって不可解だった。この家への案内も終わり、今にできることは何もないというのに、生かしておく必要がどこにある?彼らにとって無価値以外の何物でもない自分に、目の前にいるこの男は何を求めているのか。ただの気まぐれ、なんだろうか?・・・いや、そもそも、まず始まりからしておかしいのだ。


「(得体の知れない男を、助けたこと自体・・・)」


戦闘経験がある、一般人とは思えない彼らが自分を助けた事すらもにとっては疑問だった。見ず知らずの人間、それも自分のような、一目見ただけでも、護身用とはとても思えない程に使い込んでいる事が分かる、そんな武器を携えた人間だ。自分たちに降りかかってくるかも知れない可能性があるというのに、目の前にいる聡明そうな男がそんな危険を冒すとは思えなくて、

銃を差し出され、ここを出て行けと暗に言われているのかとは考えたが、先程この男はこの家に来る事に了承を得るような言い方をしてきた事を思い出す。男はそれを望んでいる訳ではないのだろう・・・それなら、この男は、何の意図で、 俺を、


「ねえ、君のいた世界の事、もっと教えてよ!」


そんな事を考えていると、隣からそんな声が聞こえてきた。ドアの側にいた2人が船へと戻っている間、男はさらに本を読み進めていたが、眠りから覚めたベポは手持ちぶさたになってしまったらしい。変わらず同じ場所で立っていたの隣へとやってきて、彼の世界の事を聞きたがった。その声に、は1度、先程の思考を奥底へと追いやる。


「 ・・・ああ。この世界の通貨単位は、ベリーで共通しているらしいが、」
「ええっ!!お金も違うのっ!?」
「俺のいる世界では多様にあった。リラ、ドル、マルク、フラン、ポンド、国ごとで異なっていた。」


それぞれの国で異なる通貨単位。国ごとで文化も歴史も違うのだから、それが当たり前だと思っていたが、この世界ではそうではないらしい。世界政府とやらは、それだけの力を持っているのだろう。大体、世界をその1つの機関で取り締まって、統制しているくらいだ。それが実際、世界のどこまで行き届いているのかは分からないが、それでも権力を一極集中させ、統括しているのだ、その政府が多大な力を持っている事は分かる。


「何か難しそうだねー。 あ、そうだ!海が4つに分けられてないって本当なのっ?」
「ああ。おそらく、この世界では海を主体として地理が考えられているんだろうが、俺のいた世界はそうではなかった。」
「北の海もないの?」
「ああ、そういう名称の海を少なくとも俺は聞いたことがない。」
「そうなんだー。本当に全部が違うんだね!」
「・・・そうだな。」


そう、全部が違うのだ。ベポの言葉に頷きながら、は無意識に指輪を撫でた。通貨も、統括しているものも、海も、何もかもが。世界が違うのだから当たり前だろう。自分のいた世界で国ごとに異なっていたように、世界だってそれが変われば違いが生じるのは当然のことだ・・・世界が変わる、なんてそんな事、あるとは思っていなかったけれど。ましてや、自分がそれに巻き込まれるなんて、そんなこと、


「(・・・ボスのいない、世界、)」


心の中で、何度目か分からないその言葉をはぽつりと呟いた。にとって、全てだったその人。その手をに差し出し、生きる意味も価値も、愛情も、全てを与えてくれた。世界が変わるということは、もうその目でボスを見る事もなければ、その耳でボスのあの声を聞くこともないという事だ。自分にとって、それは呼吸をすると同じように当たり前にあったものだというのに、それらが無いなんて考えた事もなかったし、 今だって考えたくない、はずなのに、


「(・・・どうして、)」


その事実に自分が絶望していない事に、が1番驚いていた。確かに、この世界が自分のいた世界ではないと、あの日記を読んでその事実を理解した直後はひどく動揺していた。ボスのいない世界、自分が呼んでも、あの優しい、大好きな声はもう2度と返ってこない、その事実がの足下をひどくぐらつかせたのだ。

・・・だが、足下のそれらが崩れ去り、落ちていく感覚はには訪れなくて、


「(・・・目の前にあるものが事実だ。それから己の目を背けるな。)」


ボスに言われたその言葉を、はゆっくりと反復する。その言葉を1度だって信じなかった事はなかった・・・だから、だろうか?もう、あの世界には戻れないことも、もう2度とボスには会えない事も、感覚的に分かっているというのに、思ったよりも容易にその事実を自分が受け入れ始めているのは、


「 どこで何をしてようが、俺がを愛していることには変わりない。」


「だから、安心して前へ進みなさい。」 いつだってそう言って愛情を与えてくれたボスの言葉に、どれだけ情けない顔を彼に晒してしまったか。そんな事を思い出していると、の意識は徐々に朦朧とし始めて、


「・・・?君、何だか顔が赤いけど、やっぱり熱がっ!?」


気付いた時にはほとんど意識がない状態で、身体が傾いていくのを最後に、の意識は沈みきっていた。


「わっ!! きゃ、キャプテンっ、この子またっ!!」
「・・・慌てるなベポ、そのままベッドに寝かせろ。」
「あ、アイアイキャプテンっ!!」


ちょうど読み終えた本を閉じ、棚へと戻しながら、その男は慌てふためいているベポへと声をかけた。横になったの額に手をあてながら、乱れず落ち着いた呼吸をしているを見て、ゆるりと口角を上げる。


「思っていたよりも、長く持ったな。」
「え、 ええっ!?キャプテンやっぱりこの子が無理してるの知ってたのっ!?」
「無理はしてねェだろ。ベポもこいつの様子を見ただろ、ふらつかず、歩いてたじゃねェか。」
「そ、そうだけど!」
「ただ、こいつが気付いてないだけで、体はまだ全回復とまではいってなかったがな。」
「 そ、それを無理してるって言うのっ!!」


「やっぱりキャプテン知ってたんじゃん!」 倒れないって言ってたのに!ベポのそんな言葉を耳にしながら、男はの額から未だに引いていない熱を感じ取った。この程度なら、と言ったのその言葉は嘘のようには聞こえなかったし、この家に来るまでの足取りや声からしても、無理をしているようには見えなかった。


「(無理をするのに慣れているのか、自分の体調の変化に鈍い、もしくは何とも思っていないバカなのか。)」


「まァ、どっちでも構わねェが。」 そう言って、その男は再度、本棚へと足を運んだ。この様子からして目を覚ますのは夜中だろう、を診てそう判断すると、上げられた口角をそのままに男は数冊の本を取り出す。・・・起きるまでに読めるのは、この程度だろう。


「?? キャプテン?」
「今夜はここに残る。 ベポはどうする?」





Live on Borrowed Time

生かされる意図は、生かす意図は、 果たして、


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title by 鴉の鉤爪 / live on borrowed time(思いがけず生き延びる)(英語成句で50のお題[on])