「 フフ、ずいぶんと都合の良い家になってるじゃねェか。」
それから何時間ほど経っただろうか。男が読んでいる間、ベポは男の邪魔をしないようにその場で眠ってしまい、男と同じ歩調でこの家に向かっていた2人はドアの前に立ったまま訝しげな目でを見続け、そしてそのはと言えば、その視線に居心地を悪くすることもなく、ドアからも窓からも離れているその場に同じく沈黙し、身動きもほとんどしないままに立ち続けていた。
「まるでここにお前のような異世界の人間が来ることを知っていたかのようだな。」
分厚い本を5冊程読み終えた時、ようやく男が口を開いた。まるでこの世界を全く知らない人間にしか必要ないだろうそんな基本的過ぎる知識が、そこには書き込まれていたのだ。そして、自分の見た限りでは、これらの本に書いてある事はすべて事実であり、脚色も事実の中に混じる事のある主観的な虚実も含まれてはいなかった。
手の込んだ悪巧みにしては全く意図が見えてこない。人間をここに監禁する事や島に置き去りにしていく事を目的とするにしては、やけに住みやすい空間になっているし、この世界を知らない人間がここに来ると仮定して、そいつに何か間違った知識を植え付ける事を目的としている訳でもない。残る目的は、ここに誰が来るか知っていた人間がそいつを生かしておきたかったか・・・目の前にいる、異世界から来たと言うのふざけた自作自演か。
「(・・・いや、それはねェ、)」
最後の考えが浮かんだと同時に消えゆくのをその男は感じた。それはないだろう、何故だか分からないが男はその直感をすぐに選んだ。それに、直感だけではない、その証拠をすでにその男は見ていたからだ。今までに見た数少ないの感情の変化もそうであるし、 それに、
「・・・俺もそう思った。」
「気付いたら知らない場所にいて、都合良く、住居もこの世界を知る本もどちらもあったから、」 俺を憎む別の組織が俺をどこか知らない島につれてきて、そのまま発狂して俺が死を選ぶことを望んでいるのかと、考えていた。男の言葉に、はぽつりと呟くように返事をした。
男の言うとおり、この家はまるでこの世界の人間ではない誰かがここに来ることが分かっていたかのように、あったのだ。見つけやすいように近く青い木が植えられていたり、どう見たって人の気配がないのにそこには真新しい家具ばかりがあり、知識を身につけることのできる本があり・・・ここで、誰か新しい人間が住んでいくうえで、必要なものは全て揃えられていて。
「 ・・・最初は、そう思っていたんだ、」
と、はそう零して、ある一点を見つめる。その一点は男も同じように見つめているものだった。「日記」と書かれたその本にするりと指を滑らせながら、男は言葉を紡いだ。
「どうやら、異世界の人間とやらは、お前だけじゃねェらしいな。」
「 ・・・そう、らしいな。」
その男が読んだのは1冊だけだったが、「日記」と書かれた他の本を流し読みすれば、それらが1人の人間の手によって書かれたものでは無いことくらいの判別はできる。1冊1冊が全て違う人間によって書かれたらしいその日記・・・しかし、その日記の始まりは計ったかのように全て同じ言葉だった。
「( 一体、ここはどこなのか。 この世界は私のいた世界なのか。)」
航海日誌ではありえないだろうその始まりに、すぐにこいつ以外に同じような状態でこの島に辿り着いた人間によって書かれたものだと推測できた。どうやら、現実主義らしいが自分の身に起こった、異世界に飛ばされるという現実離れしたその出来事を信じるに至ったのは、これらが原因らしい。
「(・・・偶然か、それとも、)」
だが、仮にを含め、この日記を書いた人間達が異世界の者だとして、一体誰が喚んだ?・・・いや、大体、人間をそんな易々と何人も別の世界につれて来ることができるものだろうか?偶然、この世界にやってきたというには些かできすぎている気もするが、誰かが意図して喚んだと考えるよりはずっと可能性があるように思える。偶然、異世界からつれてこられる人間がいる事を知っている奴がこの場所を整えたと考える方がまだ・・・だが、どれを取るにしたって、その人間を生かしておく理由が未だにその男には分からなかった。
この世界を全く知らない、しかも異世界という未知の人間を生かして何になる?それに、住居や知識を与えただけでは確実に生かしておく目的としては賢明な方法とは言えない。自身の置かれた状況に発狂して、自ら死を選ぶ人間が必ず出てくるし、血の気の多い海賊がここを通れば、殺される可能性だってある。これでは、生かしておく事を目的とするには運任せ過ぎる・・・まるで、その人間の運命を試しているような、
「(まァ、こいつは違うみてェだがな。)」
男はそんな事を考えながら、へと視線を向ける。混乱しているのは少しながらだが感じ取れる、それでも、は自ら生を諦めるような目はしていない。変わらず、その男にとっては興味深いその色を目に宿している。その上、そこら辺の小物が来たところで、結構な程の戦闘力を持っているを殺せはしないだろう。男はの戦闘力を正確には知らないが、目視をしただけでも、自分以外の、ここにいる結構な程に戦闘経験を積んでいるクルー達はやられてしまうだろう程の戦闘力を持っていることは判断できる。
「 フフ、(こいつを生かす理由ねェ、)」
「?? 船長、何で笑ってんすか?」
もし、誰かがを生かそうとしているのであれば、その意志に沿うのはひどく面白くないし、自分の手でそれを消したくなるのも事実だ・・・だが、それ以上に、そのくだらない目的に結果的に沿う事になったとしても、男にとっては、
「この島のログは?」
「 ろぐ、・・・、ああ、ログか。 ログは、確か・・・1週間と書いてあったと、思う。」
「・・・ちょっ、船長っ?」
「・・・俺は嫌な予感しかしない。」
口角を上げたまま、男はにそんな事を訊きだした。この世界の言葉にまだ慣れていないがワンテンポ遅れながらもそう返事をする一方で、ドアの側に立っていた2人は男の言葉に滲み出ているその色と顔に浮かんでいるその笑みを見て、今までの経験上、何か思い当たる節があったのだろう、その顔が自分達の方へと向いた途端、思わず顔を引き攣らせてしまって。
「お前ら、この家の近くに船を移動させろ。」
「・・・船長、止めておいた方が、」
「フフ、何か言ったか?」
「・・・イエ、ナニモイッテマセン。」
の知らぬところで話が進んでいく中、再度男の視線がの方へと向けられる。顔は変わらず無表情なそれで、一般人が見れば、その顔はひどくつまらないものとして映るかもしれない、なんて冷たい目をしているのだろうと。
「この本棚の本を全て読みてェ。ログが貯まるまでここに来るが、構わねェな?」
「 ああ、それは構わない、が・・・」
男はクルーへと言葉を放った後、次にの方へと言葉を続けた。の返事が一拍遅れたのは自分達が何をしようとしているのか判断がついていないからだろう。当然、と言ったら当然なのかも知れない。用済みになったら消してくれと自分で言っていたくらいだ。この家へと案内をした今、のできる事なんて、無いに等しい。それに、わざわざに了承を取らなくとも、殺してしまえば早い話だ。・・・けれど、その男は、
「 、・・・それは、」
それから男はの側にやってきて、男がずっと持っていたのだろう、赤い装飾の入ったその銃を服から取り出し、の方へと差し出した。わざわざに了承を取った意味を、もちろんに言ってやるなんてことはしないが、「 フフ、これはお前に返すが、」
「それを自分の口やこめかみなんかに当ててみろ。」
「俺がお前の心臓を止めてやる。」 今、銃を渡せば確実に、自ら死を選べと言われているのだと判断してしまうだろうに、そんな言葉を放ったのだった、そんなつまらない結末はいらないのだと言うかのように。
Get in Right