「ここ、は、」


一面に広がる海に、そして砂浜に、俺は全ての思考が停止して、何の反応もできなかった。上へと顔を向ければ、先程まで見ていたはず月の代わりに燦々と輝く太陽が視界に映り、再度下へと視線を向ければ、やはり先程見ていたはずの敵のアジトはなくなっていて、代わりに広がる綺麗な青色。


「・・・(訳が、分からない。)」


今まで、一般人では有り得ないだろう経験もそれなりにしてきたつもりだったが、この状況は、今までの経験からも・・・というよりも常識からも、全くかけ離れていて。・・・一体誰が、こんな状況を予想できるだろうか。今の今まで居たはずのその地から、


「どこ、なんだ、」


全く違う、自分の知らない場所に移動しているなんて。


**


「・・・(あれから、もう3日も経ったのか。)」


訳の判らない状態に陥ってから、太陽が昇るのをもう3度見た。視界に広がるのは相変わらず見覚えのない光景。けれどそんな混乱に陥った中でも、このまま砂浜でじっと立ったまま時間を無駄にするわけにはいかないと判断する理性は残っていたらしい。あれから俺は、状況把握をするためにも、俺はその場から動く事にした。

広がる海に、砂浜、それから後方にはどこまでも続く森。さすがに森へ行くのは憚られて、海辺に沿って歩いていくのだけれど、一切人も家すらも見当たらず、時間だけが過ぎていった。真上にあった太陽が海へと沈みかけ、これ以上歩くのは危険だと、もう野宿だろうかと思ったそんな矢先に、ぽつんと一軒だけ建っていたこの家を見つける事ができた。


「(本当に、人はいないんだろうか?)」


見つけたその家は廃屋ではなく、ちゃんと人が住んでいるようなしっかりとした家であったから、誰かが住んでいるのだろうと思って訪ねれば、けれど人の気配を全く感じる事ができなかった。誰も居ないのかと扉を開いてみれば、そこには人の住んでいる気配はまるでないのに、けれどまるでこの家に人が住んでいるかのような光景が俺の視界に広がった。しっかりとした家具が備え付けられていて、たくさんの本が並べられていて、床や壁どころか、ベッドのシーツも洗い立てのように綺麗で・・・


「(・・・だが、どれからも人の匂いは感じ取れない。)」


それにもう3日経ったが、この家に1度だって人が帰ってきた事はなかった。もしかしたらこの家は手放されてすぐのものだったのかも知れないとも思ったが、それにしたって手放されてすぐにしては妙に真新しいものばかりがこの家にはありすぎた。どこを見ても気持ちが悪いくらいに人が住んでいた形跡が全くなかった。

それでも、俺はこの家を利用しない訳にはいかない状況だった。あの日から俺は、勝手ながらこの家に住まわせてもらって、ここを拠点にすぐに行動を開始させた。ここが一体何処なのか、そして早く帰る方法を見つけなければと、この家にある本を読み漁り、海辺を歩き回って、掴める限りのありとあらゆる情報を集めていった。

・・・そうして俺は、ようやく今自分がいるこの地がどうやら島であるらしいという事と、  俺の今いる、この世界が、

俺の知っている世界ではないらしい事を、


「(・・・俺は、。 。)」


自分の名前を繰り返し紡ぐ。そうでもしないと、自我ですらも崩壊しそうなくらい、俺の意識は混沌の中を彷徨っていた。せめてもの救いは俺が俺である証拠が左手の薬指に残っている事だった。全てを捧げ、全てを誓ったその日に、最愛なるあの人からもらったその指輪。その存在を確かめるように指を滑らせて形を辿る。


「(・・・本に書いてあるのはおとぎ話だと、思えれば楽、なんだろうな。)」


それから、先程まで見ていた本をゆっくりと閉じて、高く積み上げられている本の上へとそれを重ねる。世界のあらゆる常識が書かれてあるその本・・・けれどそこに書かれてある常識は俺が知っているものとは全くかけ離れていた。地理、歴史、世界の構造、俺の頭にあった知識と一致するものなんて、ほとんど、


「( だが、おとぎ話にしては、どうも、)」


こんな事があるのだろうかと思うような箇所がある一方で、嫌に現実味を帯びた箇所も少なからず書かれてあったのだ。この島について書かれてあった本なんて、実際その本を頼りに海辺を歩いて行けばその通りの場所に着いたし、地形から海でとれる魚までひどく細かく書いてあって、俺が確認できる限りの全てが正しかったのだ。・・・けれど、


「(・・・まだ、敵に襲われたと考える方が、)」


この島の本が正しかったとしても、全てを理解して、この世界が自分のいた世界ではないという事を受け入れるには、まだ俺の脳内は抵抗を示していた。敵から攻撃を受けて、気を失っているうちにどこかへ連れてこられた、という方が、まだ理解できる。敵に気を失わされるなんて、ましてや敵に背後を取られるなんて事、ほとんどなかったが、それでも、そう考えて俺の存在した世界のどこか俺の知らない土地に置き去りにされたと思う方が、ずいぶんとありえる考え方のような気がした。

そう、まだこの本が正確だというだけでは、


「(・・・この本、だけだったら、)」


俺の視線の先には積み上げられている本とは別にもう1つテーブルに積み上げていた本の山。古さも書体も違う、それぞれ違う人が書いたのであろうと思わせるそれらには「日記」と書かれてあって。もちろん日記というのは書いた本人の本心が吐露されているものだ。無闇に他人の日記を見るのは気が引けたが、この島から出る方法が何かあるならと日記を読み始めた、はずなのに、


「・・・違う、世界、」


噛み締めれば噛み締める程に、その言葉は俺の脳内を崩していく。その日記に書き記されていたのは、この島を出る方法どころか、俺と同じようにこの島にいる事自体にひどく混乱しているものばかりであったのだ。滲んだインクに、動揺を表しているかすかに歪んでいる文字を震える自分の手でなぞっていく。

我を忘れないためだろう、己のことを事細かに書いてあるもの、状況を受け入れて、もしくは諦めて、この島での生活を書き記しているもの、途中で途切れているもの、この島を出る決意が書かれてあるもの・・・


「  ・・・、っ、」


考えれば考えるだけ、脳内は混乱を極めるばかりだった。虚実を書き連ねているようには見えないその文字を追えば追うほど、この世界が自分のいた世界とは違うのだという事を肯定してしまいそうになる。けれどやはり、理性がそれを拒絶していたのだ。そんな事が起こりえるはずがないと。・・・この世界が、 自分のいた、


「   ボス、」


俺のすべてだったその人が存在した、その世界ではないなんて、





Life Goes on

自分でも驚くくらいに、その声はひどく弱々しかった。


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title by 鴉の鉤爪 / Life goes on(それでも生きなければ)(英語成句で50のお題[on])