01. 薬指にくちづけを / 千聖
いつものようにアホサイユへと向かうと、そこからは何か言い合っている声がした。嫌な予感ばかりが頭を過ぎったけれど、ここで立ち往生する訳にもいかなかったからひと息ついて賑やかなその場所へと入っていった。
「だからー、ぼくのお嫁さんになるのー!!」
「いくらやっくんと言えど、それは譲れないね。」
「アラタも八雲も何言ってんでぃ!あいつは俺様の嫁でぇ!!」
「・・・何を言い合っているの。」
ドアを開ければ、そんな声が耳に入ってくる。真奈美さんの取り合いでもしていたのだろうかなんて思いながら、そう言葉を出して千聖の隣に腰を下ろす。それと同時に八雲が「やっと来たー!!」と大きな声を出してこちらに視線を移してきた。
「もちろん、僕のお嫁さんだよね?」
「・・・話が読めてないんだけど」
「ンフッ。オレの、だよね?」
「いや、だからね、」
「ちっげーよ!俺様の嫁でぃ!!」
「(・・・話を聞きなさいよ。)」
自分たちのペースで話を進めているから途中で入ってきた私は当然何の話をしているのか分からず、話の発端を聞こうと試みるのだがそれもどうやら叶わないらしい。とりあえず話に参加をしていないようだった千聖に助けを求めようと彼の名前を紡いだ、のは良いのだけれど、彼はあろう事に私の手をとって、そのまま唇を落としてしまった(・・・何をしているのよ、もう。)
「あー!!ふーみん何やってるのっ!!」
「・・・言い争うのは勝手だが、」
「こいつは俺のいとさんだ。」 なんて口の端を上げて楽しそうに言うものだから私はまた深いため息をつくことになった。(何で悪化させるの。)
title by 確かに恋だった / 薬指にくちづけを(指に触れる愛が5題 )
02. カフェオレの湯気の向こう / 那智
「今帰った。」
「お帰り、那智。今回も大変だったんでしょう?」
弁護士になって幾らか経ったけれど彼の才能はそこでもやはり開花したらしく、毎日が目まぐるしく過ぎていくそんなある日、今日も那智はスーツを着て疲れた顔をしながら事務所へと戻ってきた。
「本当に疲れた、今日は久しぶりに慧の持っていた事件だったからな。」
「ったく、慧も慧だよ。可愛い弟に容赦なしだもんな。」 なんて言いながら自分のデスクへと行き勢いよく椅子へと腰を下ろす那智。その顔には疲れも見えたけれど、どちらかと言えば楽しそうに見えたという方が正しいのだろう(慧との事件は久しぶりだったものね。)
「はい、どうぞ。コーヒーよりも今は甘いものを入れておいた方が良いわ。」
「ん、サンキュ。」
温かいそれを彼の机に出して、自分の分を手に取りながら側にあるソファへと腰掛ける。「あー、美味いな。」 そう言って息を吐く彼に「ふふ、お疲れ様。」 なんて今更ながらに労いの言葉をかければ、彼は何を思ったのか、カフェオレの入ったそのカップをデスクに置いてこちらへとゆっくりと歩み寄ってきた。
「どうしたの、那智?」
「おれ、甘いもの食べたいんだけど。」
「カフェオレじゃ足りなかった?確か今日買っておいたケーキが残っているけど?」
そのまま私の隣に腰掛けてきて顔を近づけてそう言ってくる彼に、その言葉の意味を分かっていながらもカップを口元に近づけたまま、わざとらしくそう答えれば帰ってきたのは不満そうな顔で。「分かって言ってるんだろ、」なんて言いながら私が持っていたカップを取り上げて横から腕を回してくる彼に少しからかいすぎたかと思ってみたのだけれど、
「甘いもの、くれるんだろ?」
「早く、」 そう言って、愛しい声で私の名前を呼びながら擦り寄ってくるものだから、ついつい彼をからかってしまう事も仕方のない事だと思ってしまうのだ。(ふふ、まったく)
title by カフェオレの湯気の向こう(ティータイムで5題 )
03. 夏の定番、海はいかがか。 / 天十郎
茹だる夏への対処法をテーマに。
「海に行くぜぇ!!」
海の日、なんてまさに彼が好きそうな名前が付いている祝日に、私の家へとやってきてその第一声を楽しそうに発した天十郎。本当に、期待を裏切らないなあなんて思いながら私はもちろんその手を取るのだけれど、
「俺のかっけー姿を一瞬たりとも見逃すんじゃねぇぞ?」
「ふふ、もちろん。ほら、良い波が逃げてしまうわよ?」
「おおっ、そうだな!!」
すぐに波に乗るのかと思ったらパラソルの下にいる私の所まで走ってやってきた天十郎はそんな言葉を口に出す。「おめぇには、一番かっけー所を見てもらうんでぇ!」 なんて満面の笑みを浮かべてそんな事を言われたら、愛しさを感じずにはいられないわけで。
「天、」
「ん?何でぇ?」
「私は、いつも天十郎のことを格好いいと思っているけど?」
「な、っ!!」
笑みを浮かべながら彼にそんな事を言えば、彼から返ってきた反応は何とも可愛らしいそれであって。持っていたサーフボードを砂の上へと落として、顔に熱を一気に集中させてしまった天十郎は、「う、いや、その、だな・・・」なんて口ごもりながら何か言葉を出そうとしていた(ふふ、少しからかいすぎたかしら)(もちろん、その言葉に嘘偽りはないのだけれど。)
「 天十郎?」
「お、おう!!何でぇ!?」
「ふふ、ほら、一番格好いい姿を見せてくれるんでしょう?」
「ずっと見ているから、ね?」 パラソルから出て、その落とされてしまったサーフボードを手に取って彼にそう言葉をかけながら渡せば、彼の顔には赤らみとともに笑みも浮かべられてきて。それから彼は私にその愛しい笑みを向けながら嬉しそうに言葉を発したのだ。
04. リップクリームは必需品 / アラタ
アホサイユでいつものように本を片手に千聖の淹れてくれた紅茶を飲んでいれば、隣に座っていたアラタが急に私の唇へと自分の指を滑らせてきて。先程食べたケーキのクリームでも残っていたのだろうかと思って彼にお礼を言おうと思ったのだけれど、彼の指は一向に私のそこから離れてくれなかった。
「どうしたの、アラタ?」
「 ちゃんと、リップクリームで潤わせてあげてる?」 そんな不思議な行動をとるアラタに訊ねれば、返ってきたのは意外なそれであって。紅茶を飲む間は離れていたその指を再度私の唇へと伸ばして今度は軽くつつきながらそう言葉を口に出してくるアラタに、私はまた疑問符を投げかけて。
「リップクリーム?」
「そ、リップクリーム。」
「いつも使ってたデショ?ハチミツの入った甘いヤツ、」 何でそんな所まで知っているんだろうなんて突っ込みはこの際しないでおいて、(アラタのことだ、私がしている時に自然と覚えてしまったんだろう)「カサカサしていると、血が出て来ちゃうカモ。」 ソンな事になったら、マジマジ大変! なんて口調では誤魔化しながらも、アラタが心配してくれているのが分かったから、思わず頬を緩ませてしまって。
「ふふ、心配してくれるの?」
「ンフ、当たり前。麗しい君の唇に傷でも入ったりしたら、オレがイ・ヤ。」
「でも、今日はそのリップクリームを切らしちゃってて、予備を持ってないの。」
「えェー!!それってマジマジドマジに大ピンチじゃんっ!!」
「オレの愛しの君の唇がっ!!」 なんて私の言葉に私以上に慌ててくれているアラタを横に私はそれを見ながらも気にせず再度紅茶に手を伸ばして。千聖にもう一杯注いでもらっている最中、アラタは何か名案でも思いついたかのようなキラキラと輝くその顔のまま突然私の腰を掴んできて、
「ンフっ、じゃあ、今日はリップクリームの代わりにオ・レ・の、クチビルっ!!!」
「そうはさせませんぞおっ!!」
妙に色気とかそういうものを纏わせながら、私のそのリップクリームを塗り忘れてしまった唇へとアラタのそれが近づこうとしたそんな時、彼と私の間にするりと入ってきたのは可愛い私達の友人の1人であって。驚いて固まっているアラタを余所に、器用にソファへと座ってきた八雲は私にその愛らしい笑みを浮かべながらチューブ状のそれを私の目の前に差し出してくれたのである。
title by WILD ROAD / リップクリームは必需品(唇で5題 )