「えっと、買った物は・・・」
もともと昼食は作るつもりで千聖と昨日のうちに買い物を済ませておいたから材料は揃っている。側にかけてあった千聖のであろうエプロンを借りて身に纏い、早速始める事にした。今日は天十郎も来るだろうから少し多めに作っておこうか、なんて考えながら材料を切っていく。すると、紗耶香さんが奥の方からこちらへとゆっくり向かってきたから、そろそろ朝稽古も終わったのかと思い、「お疲れ様、紗耶香さん。」 と声をかけると紗耶香さんは笑みを浮かべてお礼を言ってくれる。(可愛いなあ、もう)
「さん、何かありましたらすぐに言ってくださいね?」
「ええ。ありがとう、紗耶香さん。」
私がお礼を言うと可愛らしい頬を紅色に染めて、「いいえ、さんに何かありましたら私が嫌ですもの。」 なんて嬉しい事を言ってくれた。その笑みに癒されていると、紗耶香さんは慈郎さんに呼ばれて少し残念そうにそちらへ行ってしまった。そんな彼女を見送って昼食の準備を再開する。
「ふふ、可愛いなあ。」
「・・・何がだ?」
思わず漏れてしまった一言に、私以外誰もいないはずにキッチンからそれに対する反応が返ってきた。それと同時に背中からは別の重力が掛かってくる。誰だろうなんて思案をする時間はそこには必要なくて。腹部に回っている腕を軽くはたきながら彼へと話しかける。
「紗耶香さんのことよ。ほら、火の側にいるんだから。」
「紗耶香か。 ああ、気をつける。」
離れてくれる? その意味を示唆して言ったつもりだったのに、はたいた私の手に触れてそのまま器用に絡めてくる千聖。「もう、千聖?」 なんてわざとらしく名前を呼べば、「どうした、?」 なんて彼も同じように名前を呼んでくる。どうにも彼は離れてくれないらしい。
「ほら、風邪ひくからシャワー浴びてきなさい。」
「そうだな。ほら、行くぞ。」
「・・・誰が一緒に入るって言ったのよ。」
そう言えば、さも当たり前のように私まで連れて行こうとするものだから思わずため息をついてしまう。そんな私の反応に「ふふ、嘘だ。」 なんてそれこそ嘘くさい笑みを浮かべながらまた後ろから抱きついて首元に顔を埋めてくる。「こら、千聖。」
「俺のエプロンを付けて、俺の家でこうして料理を作ってくれているが悪い。」
「そのせいで、俺はこんなにも心を躍らせている。」 彼の言葉に嬉しさを感じながらもそれを抑えて彼の名前を呼ぶと返ってきたその台詞。そんなことを言われれば、無下に離れなさいなんて言えなくなるわけで。それに気付いて彼は言っているのだろうか、なんて思ったりもするけれど、結局私は今まで抑えていたストッパーを彼の放ったその一言でいとも簡単に外してしまうのだ。
「、食前にここを食べても良いか?」
「あら、断っても良いのかしら?」
私の体を振り向かせて、片手を唇に這わせながらそう囁いてくる千聖にそんな彼に笑みを浮かべながら少し悪戯めいた言葉を紡ぎ出す。そんな私の言葉に彼がどう返してくるかなんて答えはもうとっくに出ているのだけれど。(それでも彼の反応が愛おしくてつい訊いてしまうのは仕方のないことだと私は思っているの。)