コト、なんて音と一緒にそんな彼の声が聞こえてくる。聞こえたコップを音から、かすかに感じる自分とは違うその体温から、隣に彼が座った事は理解できたのだけれど、実際の距離よりも遠くから声が聞こえてくる気がするのは何故なんだろう?
「ふふ、また眠ってしまったんですか?」
笑い声とともに聞こえてきたそんな言葉。彼の言葉によれば、どうやら私は眠ってしまっているらしい。ああ、だから彼の声が遠く聞こえるのか。先程からの違和感に答えを出しながら、けれど寝ているのに何で彼の声が聞こえてたり、彼の体温を感じたりしているのだろうと、また別の疑問が私の脳内に浮上してきた。とりあえず、自分が起きているのかどうかを確認するため彼の名前を呼んでみる。
「・・・瑠璃弥、さん?」
「おや、起きてるんですか?」
私の声はしっかりと彼に届いたらしい。いや、夢の中でも返事をもらう事はできるか、なんて思いながらも、私の瞼にゆるりと触れたらしい彼の指から伝わってくるその体温を夢の中とは思えない程にしっかりと感じ取ったから、たぶん、私は夢と現実を彷徨っている最中なのだと答えを導き出す。
「ふふ、起きているわりには、貴方の綺麗な瞳は僕を映してくれていないようですが。」
開けてください、なんて要求するような言葉こそ出していないものの、その意味を含ませたようなそんな言葉を紡いで、さらには開けることを促すかのように瞼に指を滑らせてくる彼。確かに、私の視界に広がるのは彼ではなくて穏やかな暗闇だった。
本当ならこのまま夢の中へと旅立ってしまいたかったのだけれど、半分夢の中に居る所為で脳がしっかり動いていないからなのか、それとも現実でまだしないといけない何かがあったのか、私は彼に促されるようにふるりと瞼を震わせた。
「ああ、やっと映してくれましたね。」
「ふふ、寝ぼけ眼の貴女も可愛らしい。」 ゆるりと光が入ってきたかと思えば、ぼやける視界へと次に入ってきたのは嬉しそうに微笑んだ彼の顔。ふわりと私の頬に触れてくるその手がやけに心地よく感じてしまい、思わずまた瞼を閉じてしまいそうになるのだけれど、ふと、側にあった電源が付けっぱなしのパソコンが目に入る。そういえば、仕事をやっている最中だったような・・・と今更ながらに思い出して、ゆっくりと身体を起こしてマウスへと手を伸ばそうと・・・
「わっ、 」
「おっと。 ふふ、今、貴女が触れて良いのはそれではありませんよ。」
マウスへと伸ばそうとしていたその手は、いとも簡単に彼の手に捕まってしまい、そのままの勢いで私の身体も彼の腕の中へと捕まってしまう。もちろん、私の手を引いた本人は何を慌てるでもなく、私の身体を難なく支えてそんな言葉を紡いできた。けれどまた眠気が襲ってきた所為で、「なら、触れて良いのは何かしら?」なんていつもなら紡ぐはずの冗談交じりの返事すらも口に出す気力が残っていなくて・・・それに、
「(・・・温かい、)」
それに、彼の腕の中がひどく温かくて、心地よい所為だろう。返事ができなかったのは、まあとりあえず仕方のないことだとして、仕事だけはせねばと、もう一度マウスに手を伸ばそうとするのだけれど、それすらもできないまま、それどころか、「まあ、後で良いか、」なんて事を思ってしまいながら、その温かさを求めるように、さらに彼へと猫のように擦り寄って、
「 ふふ、おやすみなさい、私のマリア。」
「貴女に良い夢が訪れますように。」 私のそんな行動に応えるようにそんな言葉を紡ぎながら、彼はゆるりと私の額に唇を落としていく。霞んでいく視界の中で私が最後に見た光景はそんな彼の姿だった。