「・・・う、 トゲー、うるさい・・・」
「く、くけーっ!」
寝室からそんな瑞希とトゲーの声が聞こえてくる。毎朝している聞き慣れたそのやりとりに思わず微笑んでしまいながら、用意の出来た朝食をテーブルへと置いた。時計を見ればそろそろ彼を起こさないといけない時間を針が指していた。今日も1度では起きなかったか、なんて思いながら、きっと二度寝を決め込んでしまっているだろう彼と、そんなご主人を必死に起こしてくれようとしているトカゲ君のいる寝室へと足をゆるりと向けた。
「トゲー、貴方のご主人様は本当に寝る事が好きよね。」
「と、とげー・・・」
「ふふ、違うわ、別にトゲーを責めてる訳じゃないのよ。トゲーはいつも頑張ってくれてるわ。」
ベッドの上で丸まっている彼を余所に、まずは彼を起こそうと頑張ってくれたトゲーへと言葉をかけた。どこか申し訳なさそうに鳴くトゲーだけれど、決してトゲーは悪くないのだ。こうして毎朝、ご主人を起こそうと手伝ってくれるし、朝食を作る時にも私の話し相手になってくれている。(そのご主人が朝食作りの際の話し相手になった事なんて・・・手で数えられる程度しかないのだけれど。)
「いつもありがとね、トゲー。おかげで朝も楽しくて仕方ないのよ?」
「く、くけぇ、トーゲッ!」
「ううっ、 、トゲーとばっかり・・・」
私の言葉に照れながらも返事をしてくれたトゲーに可愛いなあなんて思いつつ指の腹でトゲーの頭を撫でていれば、タオルケットの中から聞こえてきたのはそんな情けない声で。さらに私とトゲーに背を向けるようにして寝転がっているものだから、タオルケットを被ったその背中がまた寂しそうなそれに見えてしまって。(瑞希には悪いと思うのだけれど、その背中が可愛く思えてしまって仕方がない。)
「あら、瑞希、起きてたの?」
「てっきりもう二度寝してたかと思ったわ。」 危ないからとトゲーを肩に乗せながら、ベッドの端へと腰掛けてそんな言葉を返した。けれどこれ以上意地悪をしてしまうと彼が完全に拗ねかねないから、「ほら、そろそろ起きて朝ご飯食べないと、」なんて言いながら、促すようにタオルケットから少しだけ覗いている頭をゆるりと撫でた。
「・・・、」
「ん?どうしたの、瑞希?」
「・・・今日が何の日か、知ってる?」
ぽつりと呟かれたそんな言葉。まるで私が忘れているのでは、なんて不安に思っているようなその声音。けれど、そんな事ありえるはずがないのだ、こんな大切な日を忘れるなんて、そんな事。だから、私は当たり前のように、ゆるりと笑みを浮かべながら言葉を放った。「ええ、もちろん知ってるわよ。」
「今日は7月1日。貴方が生まれた日でしょう?」
「今日になったばかりの時に、おめでとうって言ったでしょう?」 昨日、珍しく真夜中まで「に、最初に言ってもらう」なんて可愛い事を言って、懸命に起きていたのを思い出してつい笑みを深めてしまう。
私の肩に自分の頭を寄りかからせて、0時になるまでに寝てしまうんじゃないのかと何度も思ったけれど、目を何度も擦りながら頑張って、時計の針がその場所を指して私がおめでとうと言えば、嬉しそうに笑った彼はものの数秒で眠ってしまったっけ(あの笑顔がまた何とも言えないくらい、幸せそうで、)
「・・・なら、もっと優しくしてくれても、」
「起きたら、隣にいないし・・・」 つい7時間前にあったことに思いを巡らせていれば、ごそごそとタオルケットを被ったままこちらへと体を向けながら、不満そうに呟かれた瑞希の声で現実に引き戻される。
もちろん、今日が休日であれば瑞希の望むようにできるだけしてあげたかったのだけれど、生憎と、今日は平日でいつも通りに学校へと出勤しなければならないのだ。そんな日に、彼と同じような時間に起きては遅刻が決定してしまう。
「休日だったら私も喜んでそうしたけれど、今日は駄目でしょう?瑞希も私も、学校に行かないと。」
「・・・今日は、駄目?」
「・・・僕の誕生日、今日なのに、」 ひどく悲しそうにそんな事を言われると、我慢してくれる?なんて言葉を紡ぎそうになった口が途端に閉じてしまう。そう、彼の言い分に間違いはないのだ。瑞希の誕生日である7月1日は今日であるし、私だって彼の誕生日を思いっきり祝いたいし、彼を甘やかしたい。私の方を見ている彼の目に心が盛大に揺れてしまいつつ、彼の機嫌を取るようにゆるりと頬へと指を滑らせた。
「学校の仕事が終わったら、めいいっぱい貴方の誕生日を祝うわ。」
「・・・ほんと?」
「ええ、ほんと。だから、今は1つのお願い事を聞いてあげるっていうので許してくれない?」
「・・・じゃあ、今日1日、僕と一緒にごろごろ、」
「それはだめ。」
「うう、まだ最後まで言ってないのに・・・」
予想通りに紡がれた最初のお願い事を却下すれば、これまたひどく悲しそうに言葉を紡いだ瑞希。けれど私は次に出てくる願い事は全く予想がつかなかった。何をお願いしてくれるのだろうと少し楽しみながら誕生日を迎えた彼にそんな事を提案してみたのだから。
「じゃあ、。」
「ふふ、うん?お願い事、決まった?」
そんな予測がついていたら、1つ願い事を聞くだなんて言わなかっただろう・・・・・・いや、どうだろう。もし予測がついていたとしても、私はきっと(この、愛しい人のその笑みには、きっと、)
「僕の願い事を、できるだけ多く叶えてくれる?」
「まずは、おはようって挨拶をして、僕と一緒に朝ご飯、食べて?」 なんて、少し狡賢くも、可愛くて愛しいそんなお願い事をされてしまのであれば、私はきっと同じ事を彼に言ってしまうのだと思う。(そしてきっと、帰ってからも、翌日の休日も、いや、これからもずっと、彼のお願い事をできるだけ多く叶えてしまうのだ。)