「先生、 斑目先生。」
「 んぅ、」
荷物を隣のソファへと置いて膝をついて先生の肩を揺らす。こんなことで起きない事ぐらい、もう何度も経験済みだから分かっているのだけれど、これで起きてくれたらと塵にも満たない希望を持って一応やってみる。結局、これでは起きないという事が分かっただけなのだけれど。
「トゲーッ!」
「あら、トゲー。こんにちは。」
「くけっ!」
ご主人様の肩からひょこっと現れてきたのは、先生曰く先生一番の親友であるトゲーという白いトカゲ。私が手を差し出せば、そこへと乗ってきて一礼つきで返事をしてくれた。慣れてしまったそんな光景に笑みを浮かべながら、再びトゲーと協力して先生を起こしにかかる。何せ今日は締め切り2日前なのだから。
「ほら、先生。締め切りまでもう2日しか無いんですから、起きてください。」
「 む、 、さん?」
「ええ、貴方の担当をさせていただいているです。」
顔だけをこちらに向けてきてようやく私の存在を確認する先生。そんな彼に丁寧に返事をすれば、ようやく斑目先生はゆっくりと身体を起こしてくれる。毎度毎度、締め切りまでに原稿を仕上げてくれない先生は締め切りよりも2日前くらいにこうしてこなければ絶対に締め切りまでに間に合わない事を、身をもって知っている私は、締め切り2日前になるとこうして先生の家を必ず訪れるようにしている。(以前、風邪をひいて来られなかった時があるのだが・・・散々だったことしか覚えていない。)
「斑目先生、聞いていますか?締め切りまで後2日ですよ、出来ているのならそれを渡して、出来ていないのなら直ちに机に向かって下さい。」
「・・・さん、冷たい。」
「何と言われようと結構です。」
「うぅ、」 なんてわざとらしく泣き声を漏らす先生はさらに私を抱き込もうと腕を伸ばしてきて。何度この手を使うんだこの人は、なんて思いながらそれを避けて先生の手を軽くはたけば、彼はその長い足を2つに折り曲げて長い腕でそれを抱え込んでしまう。子どもがそれをやれば可愛いかもしれないけれど、生憎それをしているのは身長も年齢も良い年になった大人であって。(しかし、それが可愛く見えてしまうのだからおかしな話である。)(・・・疲れてきているのだろうか)
「そんな分かり易い格好で拗ねないでください。」
「 じゃあ、」
「判りにくい格好で拗ねなくても結構ですよ。」
「トゲー!くけ!」
「 ううっ、トゲーまで・・・」
どうやらトゲーも私の味方についてくれているようで、斑目先生に一喝を入れてくれている。全く、これではどっちが主人なのか示しが付かないじゃないか。(というか、トカゲに怒られる先生って・・・)(いや、もうこれにも慣れたのだけれど)
「ほら、先生早く終わらせてくださいよ。今日はお土産を持ってきたんですから。」
「 お土産?」
「ええ、会社が太鼓判を押している店のケーキですけど・・・今日誕生日でしょう?」
「・・・誕生日?」 確認するような形で質問をしたっていうのに、それを疑問符付きで返してきた先生。さらには自分ではなくて私の誕生日だと思っているらしく私に向かって指をさしてきたので「違います、私じゃなくて先生です。因みに言うと、今日は7月1日です。」 と先生に分かり易いように補足を付ければようやく先生は今日が自分の誕生日だという事を理解したようで。
「ふふ、忘れていたなんて。先生らしいと言えばらしいですけれど。」
思わず笑ってしまうような先生の反応。締め切りは・・・まあ忘れて欲しくはないけれど、それを忘れるのは仕方がない事として、自分の誕生日を忘れるなんて。「そういえば、一達が電話くれてた。」なんて言う先生にまた笑みを浮かべてしまう。それからしばらくそれで笑っていると 「 、さんも、覚えてて、くれたの?」 なんて隣から聞こえてきたそんな声。(まったくこの先生は、)
「覚えていましたよ?だからこうしてケーキを買ってきたんです。」
「だから早く原稿を終わらせてくださいね。一緒に食べようと思って3つ買ってきたんですから。」 トゲーの分も、もちろん入れてそう答える私に、斑目先生の顔にはようやく嬉しそうに笑みが浮かべられて。「おめでとうございますとケーキは原稿が終わったら、ですよ?」 なんて言葉を紡いで笑みを返せば、「 がんばってくる、」 なんて言ってようやく重い腰を上げてくれた先生。
「ふふ、貴方の主人はようやく仕事をしてくれているみたい。」
「トゲっ!」
「さ、トゲー。その間に私達は、」
彼が原稿を書いているその間にケーキに合う紅茶でも淹れて待っておく事にしようか。