端から見ても分かってしまうくらいに、くたくたのよれよれでバカサイユへと飛び込んで来たのは、私たちの担任になった悠里先生で。その場にへたれ込んでしまいそうな、ひどく疲労がたまったような顔をしながら、なんとかそんな言葉を紡いだ先生。そんな先生の姿を見れば、何が手に負えないのかなんて聞き返すまでもなく、その”何が”の正体を私は瞬時に理解して、先生と一緒に深く息を吐いた。
「先生、大丈夫?」
「うう、何とか、ね。」
「一応、程々にしておくのよって朝に忠告したんだけどね。」
「ほ、程々というか、むしろパワーアップしてる気がするんだけど・・・」
「・・・あ、普段と同じ悪戯加減だと思って言っちゃった。」
そんな私の一言に、「・・・そこは忘れないで欲しかったな。」 なんて言いながらついにソファへと沈み込んだ先生。そうだ、普段とは違う日だと言う事をすっかりと忘れていた。いや、正確に言うと、普段と違う日だとは理解していたけれど、悪戯の度合いが普段とは違う日だという事を忘れていた。それにしても、
「ふふ、ごめんね、先生。お詫びにと言ったらあれだけど、今から止めてくるから。」
「ええ、お願いするわ。」
座り込んだ先生へと謝りつつ、彼が今どの辺りを歩いているだろうかと頭に思い浮かべながらゆるりとバカサイユから歩を進めた。えらく上機嫌に、悪戯を仕掛けてはそれに引っかかる生徒達を見て楽しんでいるであろう、彼の元へと。
「っと、もう、こんな場にまで仕掛けてたの?」
引っ掛かった形跡のある悪戯が近くにあったからと言って、そこにもう悪戯が仕掛けていないとも限らない。悪戯を避けるだけだというのに一種のサバイバルのような感覚を覚えながら、彼の仕掛けたそれらに引っ掛からないように目を配って叫び声が大きくなる方へと近づいていく。視界に見えてくるのは、網に被さってしまっているクラスメイトの姿。
「大丈夫?はい、これでもう出られるわ。」
「あっ、!!助かったあ、ありがとっ!」
「ちっ、ンだよっ!オレ様が仕掛けてやった悪戯を簡単に外しやがってェ、」
「・・・清春、程々にしなさいって朝に言ったはずだけど?」
「あァ?ちゃんと程々にしてやってるダロォ!」
「網引っかけるだけにしてるじゃねェか!」 褒めろと言わんばかりに私の方へと近づいて来たのは、この悪戯の根源である清春で。クラスメイトに悪戯に引っ掛からない道を教えて送り出しながら彼に返事をしていると、そのまま清春は後ろから抱きついてきた。
「(・・・できれば数も減らして欲しかったところだけど。)」
けれどそれを言葉に出してしまえば、彼の機嫌を損ねてしまう事くらい私にも分かるから、心の中にとどめる。確かに、数は減るどころか増えているが、悪戯の度合いから言えば、清春にしては優しくなっているように思える。(いつもなら、網を被せるだけじゃ済まない。)
そう思ってしまう辺り、そう言葉に出してしまわない辺り、ずいぶんと清春に甘くなったなあなんて、肩口から見える彼のくるくるとした愛らしい髪の毛を指に絡ませながら、そんな事を思っていれば、耳元へと、彼の声が響いてきて、
「ンで、オレ様のチャンはオレ様が生まれたトクッベツな日を祝ってくれねェのかァ?」
「放課後まで待ってやったンだぜェ?」 少し拗ねたような、そんな色をちらつかせながら声を発してくる清春。早朝から、「ヒャハハッ!今日はオレ様の誕生日だぜェ!しっかり祝いやがれェ!!」 とか何とか言って私の家に、私のベッドに突撃して来たのは何処の誰よ。そう彼に言葉を放ちたかったところだけど・・・やっぱり、私も自分の愛しい人には、甘いらしい。
「 ふふ、清春。」
「キシシっ! ンン? 何だよ、?」
「誕生日、おめでとう。」
「ケーキは家に帰ってからしか作れないけど、どうする?」 まだ悪戯を繰り返すか、それともすぐさま家に帰るか、 そんな意図を含めた言葉を祝言に続けて紡ぎ出す。一応、疑問符を付けてみたものの、彼がどちらを選ぶかは何となく見当がついていて。見当がついているからこそ、こんな訊き方をしたのだけれど・・・ふふ、さて、彼はどう答えてくれるだろうか。
「ンなモン、答えは決まってンだろォ?」
「ケーキ食う前に、こっちを食ってやるよ。 全部、な?」彼の唇が後ろから降ってくるのと同時に紡がれたそんな言葉は、選択肢に入っていないそれだった。(・・・予想してなかった、訳じゃなかったけれど、)