天童先生にそう言葉をもらって私はその場所へとこの広すぎる校舎を早歩きで向かった。ようやくA4の子たちも補習に出てくれるようになり始めたそんなある日、けれどやっぱりサボってしまう日もあってしまう訳で。
「(ああもうっ、せっかく先生が助けてくれる日だっていうのに!)」
そんな独り言を心の中で零しながら、廊下の角を曲がった。今日は千聖君の補習だったのだけれど、先生が「俺も手伝うよ、北森先生。」と自ら私にそう言葉をかけてくれた日でもあって。そんな心強い言葉にこちらからも是非!とお願いしたのは良かったのだけれど、肝心な千聖君が、いるはずの教室にいないという、まあ予想できなかった訳でもない事態が起こってしまって。
まあ、起こってしまった事態を嘆いても仕方ないと、深く息を吐きつつも、いつものように先生に一言言ってから千聖君を探しに行こうと、行き着いたその準備室の扉を思い切り開けてみれば、
「先生すみませんっ!千聖君がまたいなくなっちゃっ・・・って、ええ!!ち、千聖君っ!?」
「・・・む、何故、ここに俺がいると分かった?」
「あ、北森先生いらっしゃい。そろそろ補習の時間だったかな?」
扉の先で、私の視界へと入り込んできたのは、イスに腰をかけて顔をしかめながらこちらを見る千聖君と、そのテーブルへとティーカップを差し出している、先生の姿で。一瞬、場所を間違えたんじゃないだろうかという程の衝撃を受けた私は、その教室を出てプレートに書いてあるその名前を再確認する。・・・うん、ここは社会科準備室で間違いない。
「ああ、そうか。今日は不破君の補習だったのか。」
「ええ、そう、なんですけれど・・・(こ、この空間は突っ込んではいけないものなのかしら・・・!!)」
「何だ、今日はお前も一緒だったのか?」
本やら何やらと、色々と積み上がっている机の横に、やたらと綺麗なテーブルとソファ。それから問題集が敷き詰めてある本棚の横には、真新しい棚、そしてその中にはティーカップやらお菓子やら。ついでに言えば、ソファには何故だか毛布と枕が見える。
あからさまに釣り合いのとれていないその光景を、思いっきり先生に問いただしたい所ではあったけれど・・・それは、また今度にしよう。今は、うん、今は、千聖君の補習の事に目を向けるべきだ。
「ち、千聖君!何で教室にいてくれないのよ!ここに居てくれたから良かったものの、また探す羽目になっていたでしょう!?」
「・・・今日は、補習が面倒になる日だったのを思い出した。」
「そんな日があってたまりますかっ!もうっ、最近ようやく受けてくれるようになったと思ってたところなのに!」
「ふふ、ほら、北森先生も落ち着いて。」
「でも、先生っ!」
「大丈夫、俺は北森先生の味方だよ。それに、今日は俺も補習をするって言っていたからね。」
「約束は守るよ。」 渋る千聖君へとまずはサボっていた事への注意を入れて、どうにか説得させようと唇を震わせようとすれば、先生がとても綺麗に笑いながら、そう言葉を紡いだ。根拠はどこにもなかったけれど、でも何故だか説得力のあるその言葉を訊いていると、それから、先生は千聖君の方へと近づいたかと思えば、耳元で何やら言葉を囁いたようで。先生の顔が、千聖君の側を離れたかと思ったら、千聖君は座っていたイスから、重くなっていたらしいその腰を、それでもゆるりと上げ始めたものだから、
「千聖君っ、補習を受けてくれるのっ!?」
「くあ、ま、今日は仕方ない。あれだ、いがぐりの意志だ。」
「それは利害の一致と言うんだよ、不破君?」
「・・・うむ、では、それだ。」
「・・・先生、今日は国語の勉強に変更しても良いですか?」
「ふふ、俺は先生がしたいと思う補習を受け持つよ。」
「・・・お手短に頼む。」
「千聖君、せめてお手柔らかに、とか言って欲しかったな!」
「自分の願いをちゃっかり込めないの!」 先生が千聖君に何を言ってその気にさせたのかは気になったけれど、先生はきっと教えてくれないだろうと思ったから、私は頭を切り換えて、千聖君の補習内容へと頭を巡らせた。まだまだ、先はとても長そうに思えた、そんなある日の放課後。(でも、そんなやりとりが少し楽しかったりするのは、やっぱり先生の持つ独特の雰囲気が影響していたりするのだろうか?)