「やっちゃった。」 なんて妙に茶目っ気のある声で私に電話を掛けてきた斑目先生は本当に奇妙な事をやってのけてしまったようで。目の前、というか私の膝で一生懸命にどこから取ってきたのか、斑目先生からもらった勉強のドリルを一生懸命に解いているのは、何故だか幼稚園児になってしまった慧であって。
「(すぐ戻るとは言っていたけど、)」
「でも、僕が悪いんじゃなくて、彼も悪いと、思う。」 斑目先生がお遊びで作った液体を慧が信じられなかったらしく、勝手に飲んでしまったらしいのだけれど、というか、斑目先生もそんなものをお遊びで作るなんて・・・(感嘆すべきなのか、呆れるべきなのか。)
「 、できたっ。」
最初は信じられないでいたのだけれど、小さくなってしまった彼を見たら、それが事実だという事は一目瞭然であって。私に計算式の答えが書かれたそれを嬉しそうに私に見せる彼をみて可愛さを感じてしまっている辺り、私も相当なのかも知れないのだけれども。(人間の順応性というものは本当に凄いものだと思う。)
「ふふ、じゃあ、答え合わせしてみよっか?」
「うんっ、」
きらきらと目を輝かせながら私にそれを渡してくれる慧は自分の書いた答えが正解かどうか気になるのだろう、言葉にはして言わないものの、早く早く!なんて小さな腕を机に伸ばして手をついて、身体を前のめりにしながら赤い丸が自分の答えに付くのを心待ちにしていた。その姿がまた何とも可愛らしいのだけれど、顔が緩むのを抑えきれないままに足から落ちそうになっている慧を再度抱え直して、ペンを持って答え合わせを開始した。
「慧、凄いわね。ほら、赤い丸がたくさんよ。」
丸をつけながらそう言葉を出せば、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる慧。声には出さないものの、ペンを持っていない方の手を少し強く握ってくれる事で反応を示してくれている慧に小さくなっても変わらないな、なんて感じながら動かす手を止めないでいれば、1つだけ、答えと数字が一致しない物があって。
「あら?惜しい間違いをしているわね。」
「っ、」
私がそう言葉を口にすれば、慧は何かに怯えるようにびくっと身体を震わせた。もちろんその変化に気付かないわけがない私は、こちらを向いてちらちらと視線を移して私の様子を窺っている慧の名前を呼んだ。そうすれば、慧はまたビクンと肩を震わせて、それから床へと視線を移すと小さな声で言葉を漏らしたのだ。
「 ごめん、なさい。」
「 慧?」
何ともか細い声で聞こえてきたのは、何故だかそんな言葉であって。どうしてそんな言葉が出て来たのだろうかと彼の頭を撫でながら考えていれば、「 なちは、いつもぜんぶまるになってた。」 なんて自分の弟の名前を出して、今にも泣きそうなくらい目を潤ませながらそんな事を言ってきたから、私はその慧の謝ってきた理由にようやく合点がいって。(もう、まったくこの子ったら、)
「 慧?」
「っ、」
「ふふ、私は怒ったりはしないわ。間違いは誰にでもあるもの。」
「・・・おこ、らないの?」
怒られるのだと思っていたのだろう、自分の足に乗せている手をぎゅうっと握りしめて構えている慧のその手を優しく包んでゆっくりとさすりながら、彼に言葉をかける。自分の思っていた言葉とは正反対のそれに、慧は未だに潤んでいる目をこちらに向けて半信半疑にそう言葉を返してきたから、私は彼の身体をこちらへと向かせてゆっくりと彼を抱き込んだ。
「怒らないわ。だって、こんなに赤い丸がたくさんあるのよ?」
「 でも、」
「良くできているわよ?私はそう思うわ。」
「っ!!」
「それに、間違ったらまた直せば良いの。それで良いのよ。」 ぽんぽんと、優しく彼の背中をさすって、なるべく優しく話しかけるように彼にそう言葉を紡ぎ出せば、自分のズボンを掴んでいた慧の手がゆっくりと、それでも確実に私の背中へと回されるのを感じて、
「 、」
「うん?なあに、慧?」
「 ありが、とう、」 照れくさそうに、それでも嬉しそうに呟かれたその言葉に、笑みを浮かべるのはきっと私だけの特別な行動ではないはずだ。(愛おしい、可愛らしいその声で、そんな事を言われたら誰だって、)