暑さもあるかも知れないけれど、ふと目を覚ましてしまったのがいけなかったんだろう。ぼーっとしている間にまた眠り込んでしまえば良かったのに、喉が渇いたからと階下へ行き寝ぼけたままで、冷蔵庫からお茶だと思って取り出してしまった炭酸を一気に飲んでしまったのが、運の尽き。思わず驚いて目を見開いてしまった時には事は既に遅すぎて、
「(・・・んとこ行こ。)」
けれど、そうなってしまった時の対処法がないわけでもなく。眠れなくなった時には大抵やっていた、そのある方法。そう結論づければ話は早い、天井を眺めるだけの格好だった身体をゆるりとベッドから起こして、彼の部屋への侵入を試みるために、ベランダの方へと足を向けて窓を開ける。すると、暑さを多少は和らげてくれる風がふわりと頬に当たるのが確認できた。うん、これだけ風が吹いていれば、
「(・・・やっぱり、開いてるし。)」
すぐそばにある、それこそ身体を跨がせればすぐに相手の部屋へと到着してしまうくらいに近い、の部屋のベランダへと目をやれば、部屋のカーテンが気持ちよさそうに風に揺られているのが視界に入ってきた。やはり、彼の部屋の窓はしっかりと開いているらしい。自分の推測が当たったのは良いのだけれど、かといってそれを喜んで良いものかどうか少し複雑な気持ちになりつつも、の部屋のベランダへと移るため、塀へと足をかけた。
「冷房ばかりだと、やっぱり身体に悪いだろう?」そう言って、はこうして風の出ている日は窓を開けて寝るようにしている。それを知っているから、今こうして彼の部屋へとあっさりと侵入できるわけだが・・・それにしたって、いくら冷房にそれ程強い体質じゃないからと言って、こうも睡眠中に・・・
「・・・よいしょっと、 っう、」
そんな事を考えながらベランダを移動していた所為で、いつもは当たらない所にまで身体をぶつけてしまった。今のように、自分の持っている身長の所為で身体の至る所をぶつけてしまうのが嫌だったから、ベランダに入り込む事もそれ程多くはしないのだけれど・・・それに、移り込んだ後、結局そのままのベッドで一緒に眠り込んでしまい、朝になって目を覚ました彼に怒られる羽目になるし、
「(・・・まあ、本気で怒られた事なんて、ないけど。)」
それから、難なくその地に移り立って、熟睡中であろう彼の元へと足を向ける。当然の事ながら、部屋は電気が消してあり真っ暗ではあったけれど、それはもう幾度となくこの部屋にはお世話になっているから、どこに何があるかくらい、感覚で歩ける程には把握している。それに月明かりで多少の光があるから尚更だ。
そうして、迷うことなく、ぺたぺたと足を真っ直ぐに進めてのベッドへとたどり着けば、そこで寝ていたのは、もちろん、その部屋の主なのだけれど、
「・・・(何で、そんなの丸まって寝てんの。)」
そこにいたのは、寒い身体を暖めるように、何かから身を守るように、広いベッドのスペースを半分以上も空けて、身体を小さくして眠っているの姿。けれどその顔を見れば、寝心地の良さそうなそれを浮かべているのだから、気分が悪いとか、悪い夢を見ているとか、そんなのではないのだろう。ベッドの側にしゃがみ込んでその頭をふわりと撫でれば、気持ちよさそうな笑みを浮かべて、猫のように擦り寄ってきた。
「(・・・無防備にも程があるし。)」
自分だと分かってやってくれているのか、それともただ単に自分の元へと手がやってきたからなのか。後者だと思うと、ひどく面白くない気分になってしまう、・・・とてもつまらない。いくら夜中とはいえ、夜中だからこそ、泥棒に入られたら太刀打ちできないだろうに、いや、泥棒であるなら目的が金目の物であるなら、まだ良い。もし、もし目的が、今、気持ちよさそうに寝ている彼であったりなんかすれば・・・
「 ん、」
「お、(起こした?)」
心の中に何やらどす黒いような感情が蔓延しそうになったそんな時、そのベッドから聞こえてきたその声に、強く触れすぎてしまっただろうかといつの間にか力の入っていた手をすっと緩めて彼の様子を見た。どうやら起こしてはいなかったらしい、彼の方から再度規則正しい寝息が聞こえてきた。
「・・・う、」
「・・・ん?」
けれどまたすぐに聞こえてきた、今度は少しだけ苦しそうなそんな声。そういえば、先程から何やらもごもごと口を動かしているけど、何か夢でも見ているのだろうか。内容が気になってつい口元へと自分の耳を近づけてみる。
「 ん、 テツ、ヤ・・・」
「・・・黒ちん?」
「下を向きながらは、 危ないと、」 の口から聞こえてきたのは自分達のチームメイトである彼のその名前で。そしてほんの少しだけ彼に言っているらしいその言葉が聞こえてきたが、その数言だけで、そのチームメイトが何をしているかは予想がついた。歩きながら文庫本か何かを読んでいる彼にが注意しているに違いない。その光景を実際に見たことなんて、それこそ幾度となくある。
「・・・大輝、 だから、そっちじゃ、 」
「お、峰ちんも?」
それから程なくしてさらにチームメイトの名前がの口から紡がれる。やはり数言だけであったが、何となく推測はできる。読書をしてあらぬ方向へ行こうとしている彼が先立って進んでいる所為で、元々適当に進んでいた彼までも後ろから付いて行ってしまっているのだろう。
「(・・・どんな夢見てんの、)」
しかし、いつもつるんでいるチームメイトの名前が2人も出てくるとなると、みんなで一緒に何かをしているのかも知れない。そう考えると、ますますが見ている夢が気になってきた。彼らがいるんだ、もしかしたら、いや、きっと、の側には・・・なんて考えるだけで、何だか心が温かくなるような感覚が身体中を走る。
「 う、 涼太、いきなり、抱きつくな、・・・怖く、ないから」
「・・・黄瀬ちん、(に、何やってんの。)」
けれど、そんな温かさも束の間。聞こえてきたそんな言葉に、先程、間違えて炭酸を一気に飲んでしまった時のように、一気に自分の身体が冷え切ってしまうのを感じた。そろそろ、自分の名前がその口から紡がれても、なんて思っていた矢先に、チームメイトの名前が紡がれ、それだけならまだしも、夢の中で、一体に彼は何をさらしてくれているのだろうか。
「(・・・面白く、ない)」
自分の名前だけが彼の口から出てこないのと、彼の夢の中でのチームメイトの行動に、だんだんと、まるで自分のお菓子を無断で食べられてしまった時のような、苛立ちを覚える。彼にそうやって触れるのは、自分だけで良い。たとえそれが夢の中であったとしても、だ。そうやって、抱きついて、抱きしめて、彼が困ったように笑いながらも受け入れてくれる姿を側で見るのは、自分だけで、
そんな勝手な事を思いながら、少し困ったように笑う彼のそんな寝顔を見ていたくなくて、拗ねたように折り曲げていた自分の足をさらに腕で抱え込んで顔を埋める。もう、眠れないままだけれど、自分の部屋へと戻ってしまおうか、なんて思い始めたそんな時、
ふわりと、耳元へと掠めるようにして、けれどしっかりと明瞭に聞こえてきたのは、
「・・・ほら、 敦、」
「!!」
昔から聞いている、優しい、愛しい、 その声で。
「(・・・ほんと、どんな夢見てんの、 、)」
たった一度、自分の名前が呼ばれただけなのに、がばりと埋めていた顔を上げて彼の顔を見やって、その顔に何だか楽しそうな笑みが浮かべられているのを視界に入れる。それだけで、先程から脳内で渦巻いていた苛立ちがどこか風に吹き飛ばされてしまったかのように消えていて。自分の顔に浮かび上がるのは、
「 、」
「 う、ん、」
再度、彼の頭へと手を伸ばしてゆるゆるとその柔らかな髪を撫でると、眠っている彼は先程と同じように心地よさそうな顔をして、その手に擦り寄ってくる。・・・けれど、先程自分の中に生まれた、つまらない、なんて思う感情は、全く覚える事はなかった。
「(・・・俺も寝よ。)」
さて、彼の寝顔も、寝言も十分に堪能したし、そろそろ眠りにつくとするか。もちろん、自分の部屋へとわざわざ戻る気なんてさらさらない。ギシ、と鳴るベッドのスプリング音を最小限に抑えるようにしながら、その大きく空いたスペースへと自分の身体を転がした。ちょうど、身体がそのスペースへとすっぽりと綺麗に収まる。今思えば、彼は自分が来る事を分かっていて、それでこのスペースを空けたんじゃないだろうか、なんてそんな都合の良い事すらも頭に浮かんでくる。それならば、彼が空けておいてくれたその場所に、自分が行かない訳にはいかない。
「(・・・明日、に怒られたら、が掴んで離さなかったって言い訳しよ。)」
いつものように、丸まっている彼の身体へと腕を伸ばして、抱き枕よろしく、背中からそっと抱きしめる。自分の部屋にある抱き枕もそうだが、けれど抱き心地にしても温かさにしても、比べものにならないくらいにやはりの方が良い。なんて彼に触れている、その全身で感じながら、明日の朝のそんな言い訳を考える。
もちろん、彼がそんな事で騙されるとは微塵も思っていないけれど。
「 おやすみ、」
彼の頭へと顔を埋めながら紡いだその言葉が、窓から入ってきた心地よい風と一緒に、部屋の中へとゆるりと、穏やかに響き渡った。
空気みたいな存在とか
側にいて当たり前で、けれどいつも求めずにはいられなくて
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title by リライト / 空気みたいな存在とか(腐れ縁な二人へ10の御題)
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