中立地帯にあるホテルへと直行した彼はカウンターで酒を飲んでいるうちにそのまま寝てしまったらしい。机に突っ伏して寝息を立てながら、無防備にその姿をさらけ出していた。中立地帯だからと言ってこうも暢気に眠れるものなのか、なんて近くで酒を作っていたマスターもそんな事を思いながら作業を続ける。


「マスター、俺にも酒をくれ。」


カウンター越しにそう呼ばれたから、目当ての物を取ろうと彼の側を離れようとした瞬間、ホテルの扉が大きな音を立てて開いた。あまりの音に眼を見張りながらそちらを見ると、金色の髪をした赤いパーカー姿の男。その瞬間、見てはいけないものを見てしまったと彼は瞬時に感じた。


「あァー!!やっぱじゃん!」


当然の如く武器を装備したままの男は、ここでは知らない人なんていないであろう、処刑人の片割れだった。ホテルにいた者は彼の姿を確認するなり、恐怖の声を上げてその場に立ちつくす。目が合うだけで殺されかねないその男は、けれどその者達に目をくれることなく、先程の少年が呼んでいた名前を繰り返してこの騒ぎがあっても未だに睡眠を貪っているその少年へとそのまま向かってきた。


「っ!!」


その少年が殺されると思ったのだろう、マスターだけでなくとも妖しく光るその鉤爪でやられるのだと誰もがそう思った。息を呑んでその場面を見る。しかし彼らの視線の先に映ったのは血みどろの光景ではない、けれどそれ以上に異常なそれだった。


の匂い久しぶりィー。」
「そうやって抱きついてくる癖を止めろと何度も言ったはずだけど?」


ルール違反をしていない者達までをも自分たちの気まぐれで殺してしまうあの処刑人が、1人の少年に猫のようにすり寄っている。そのための鉤爪でさえも少年を傷付けることなく器用に抱きついていた。その抱きついている相手、という少年も処刑人が抱きついているのに平然と、というよりもむしろ不機嫌そうにその顔を向けている。


「だってェー、ここんとこー遊びに来てくれねェしー。」
「ここんとこって、3日前くらいに会ったばかりじゃないか。」
「3日も会ってねェージャン!!」


ぎゃあぎゃあと耳元で騒ぐ処刑人の口をあろう事にはそのまま手で塞いだ。普段ならさっさと姿を消す参加者さえも、その訳の分からない光景に見入って足を動かせずにいた。それでも口を開けて話そうとする処刑人に耐えかねて、ゆっくりとその手を離した


が来てくれねェと、俺イライラしてここで暴れちゃいそうだけどー?」
「いくら君でも中立地帯で殺人するのは駄目だと思うが?」
「えー、だったらァ、半殺しなら良いのォ?」


体重をかけていた処刑人はそんな事を言いながら周りの彼らを見る。その分かり易すぎる殺気を感じた彼らはその場を去ろうとするも、何かに押さえつけられているように動けなかった。その処刑人は立ち上がり、狂気じみたその瞳をちらつかせながら歩を進めようとした。けれど、それはの腕が処刑人の彼の腕に伸びて止められた。


「・・・分かった、行く。行くからその爪を舐めないでくれ。」


さすがに目の前で憂さ晴らしにそんなことをされるのは気が引けたのか、深いため息を吐きながら諦めた様子でそう言葉を紡ぎ出した。その言葉を聞いた途端、処刑人の方は先程まで見せていたそれを引っ込めて参加者が一度だって見たことのないその瞳へと変化させた。


「ヒャハッ!やっぱー、も寂しかったンだろォ?」
「・・・今の会話のどこにそんな要素があったかな?」


至極楽しそうにそう言って抱きついてくる処刑人にはそう言葉では言うけれど、それを拒まないで受け入れているのは彼がきっと、

変と恋の明確な線引きを

そんなものが分かればとっくにしている(分からないから、拒めないんだ。)



title by 赤小灰蝶 / 変と恋の明確な線引きを