「 おやじ、さん。」
眠気を取り払えられないままに、潮風にでも当たってどうにか目を覚まそうと甲板に出れば、そこで聞こえてきたのは親父さんの声であって。眠たいはずなのだけれど、親父さんの声はしっかりと聞き取ってそちらへと目をやれば、親父さんは笑みを浮かべて俺の方へと視線を移してくれていて。
「遅くまで本でも読んでいたのか?」
「 途中で、止められなくて、」
「グラララ、期待の裏切らねェ答えだなァ?」 舌足らずなそれで何とか親父さんに伝えれば、微笑みながら言葉を返してきてくれる。こんな情けない姿を見せた所で親父さんは怒りも呆れもしないでくれるけれど、それでも何だか気恥ずかしさというものが俺の中に居残ってしまうものだから俺は自分の足を洗面台の方へと向けていた。
「、どこへ行く気だ?」
「顔を、洗ってきま、 わっ!!」
目を覚ますために顔を洗って来ようと親父さんの言葉に目を擦りながらそう返事をすれば、親父さんの腕が俺の腹部へと回ってきていて。親父さんの腕だと俺が理解した時には既に俺の身体は親父さんの方へと引き寄せられた後であって。眠気が脳内に入り込んでいたのも相俟ってか、親父さんの行動に思考がついていかないままされるままになって、気付いてみれば俺は親父さんの太腿へと頭を乗せるという何とも大胆な状態へとなっていた。
「す、すみません、今退き、 う、わ、」
寝起き顔を見られるよりもさらに恥ずかしい格好で親父さんを見上げる事になってしまった俺は当然のようにその場から早く退こうとあたふたしながら身体を起こそうとするのだけれど、親父さんが俺の顔へと手を当てて再び自分の脚へと俺の頭を戻してしまったものだから俺はその力に勝てる訳もなく、その行動は失敗に終わってしまった訳で。
「それは、聞けねェな。」
「お、親父さん?」
冷静に考えなくても分かる、親父さんに“膝枕”なんてものをしてもらっている、というその事実が身体の温度を上昇させていって、さらに俺をあたふたと情けない行動をさせている原因なのだけれど、親父さんはその原因を取っ払おうとは微塵にも思っていないらしく。再度情けない声で呼んで、目の前に広がっている親父さんの掌を見つめていれば、彼から返ってきたのは、ひどく優しく、心地よいそれであって、
「 さっさと二度寝しちまえ、バカ息子が。」
「 眠たけりゃ寝りゃあ良い。俺も、誰も怒らねェ。」 日が当たらないようにと俺の顔に当ててくれているその手とは別に、もう一方の手で俺の背中をゆるゆると撫でてくれながらそう喉を震わせてくれる親父さん。親父さんの突然の行動に覚醒し始めていたはずなのに、親父さんのその声に、その触れてくれているその手に、固いのだけれど自分の枕よりもずっと心地よく眠れそうなその大きな脚に、俺の脳内は分かり易い程にまた睡眠を欲し始めてしまって。(ああもう、親父さんもそうだけれど、結局俺も、)
「心配しねェでも、お前ェが起きるまでこうしててやる。」
「愛しいバカ息子が、そう望むならいくらでも、な。」 瞼を閉じていく中で脳内に響いてきたその愛しい声、を子守歌にするかのように俺の顔を覆っているその親父さんの手へと自分の手を重ねるようにして「 おやすみなさい、 愛する、 親父さん、」 なんて言葉を何とか紡ぎ出しながら最後の意識を投げ飛ばしてしまったのだ。