「 ・・・う、ん、」
リズム良く身体が少しばかり揺れるのを感じながら、俺はゆるりと瞼を開けた。いつも以上に焦点が合うのに時間が掛かってしまうのに気付いて、そこで漸く俺は珍しく酔ってしまったのだと自覚した。・・・けれど、いくら酔ったと言っても、これだけの浮遊感や体温の上昇を感じるものなのだろうか。
「起きたかい?」
自分に襲ってくるそれらに違和感を抱いていれば、耳に静かに響いてきたその声。酔っている今でも、その声を聞き違えるなんて事はしなかった。けれど、いつも話している距離よりもずいぶんと近い場所でその声が発せられた気がしたから、俺はさらに違和感を強くした。
「・・・れ、いりー、さん?」
「 まだ、酒は抜けてないようだね。」
「じっとしてなさい。直に君の家に着く。」 彼から発せられたその言葉に、俺は何も考えることなくこくりと頷いてしまう。・・・けれど、じっとしていたら、俺の家には一生辿り着かないんじゃないだろうか。歩かないとその場から動けないのに、彼は何故じっとしていろと言ったのだろう?
上手く回転していない脳内でなんとかその疑問に行き着いたのは良いのだけれど、でもそれに反して、じっとしていても俺の視界に入ってくる光景はゆっくりとだが変わっていっているように見えたから、さらに俺の脳内は混乱した。何故、じっとしていても光景が変わっているんだろう。
「・・・あ。 レイリー、さん、 あの、女の人は、」
「彼女なら、家でもう少し飲むと言って帰っていったよ。」
「・・・そう、ですか。」
その疑問にいくら考えても答えが出なかったから、一度それを放棄して、一緒に飲んでいたあの女性の事をレイリーさんへと訊いた。どうやら帰ったらしい。途中で酔ってしまって話を聞かずじまいで申し訳ない事をしたと思う反面、けれど本来なら俺はあの酒場にすら行かなくても良かったのだという思いが出てきた。・・・そうだ、あの酒場に行くことになった原因を作ったのは、
「君は、彼女と何を話していたんだい?」
「・・・え、あ、ああ、・・・ええと、あなたへの、愚痴とか、を、聞かされて、」
「ああ、」
「ええ、と、それ、から・・・?」
彼に文句を放とうと口を開いたのだけれど、彼が俺へと質問を投げかけてきたからその文句を飲み込んで、それに答える為の言葉へと変えざるを得なくなってしまった。覚えている範囲で、あの女性と話していた事を彼に伝えようとするのだけれど・・・どうやら俺は相当強い酒、あるいは相当速いペースで酒を飲んでいたらしい。彼の愚痴を聞いていた事までは覚えているけど、それ以降、一体何の話をしていたのかが思い出せなかった。
「・・・君は、私が君の家に行く事を、迷惑と思っているのかい?」
なんとか思い出そうと、順を追って曖昧になっている記憶を辿っていると、ふと聞こえてきたそんな彼の声。急に何を言い出しているんだろうか、この人は。なんて思ったりもしたが、何故かやたらと近くにある彼の顔に、ゆるりと笑みが・・・喜んでいるとかとは、また違うその笑みが、浮かべられた気がしたから、俺はその問いに答えるために、ゆるりと口を開いた。
「・・・そりゃ、迷惑、だと思って、いますよ、」
「ははは、君は、相変わらず遠慮がないな。」
「正直に、言っただけ、です。」
迷惑、と思わない方がおかしいだろう。人が夕食を作ったり、お風呂に入っている時に、何の予告もなしに、それも不規則に家へとやってきては、突然「少しばかり、泊まらせてくれないか?」なんて言ってくるのだ。それだけならまだ良いが、彼の場合、それに付随して、俺の家が彼の女性だか何だか知らない人に知られて押しかけられるという訳の判らないおまけまで付いてくる。これのどこが迷惑でないと言えるのだろうか。
・・・けれど、迷惑と言いはしても、俺は一度だって、彼の訪問を、
「・・・でも、断った事は、一度もない、じゃないですか。」
「そうだね、・・・ああ、でも君が風邪をひいた時は、入れようとしてくれなかったが。」
「・・・その話は、置いといて、です。」
「ははは、・・・そうだね。君は私の訪問を一度だって、拒んだ事はなかった。」
それから、森の静寂が俺と彼の間に少しの間だけ流れた。続かない会話に、けれど何故だか、拒まない理由を訊かれている気がして、酒の所為で妙に口元が緩くなってしまっていた俺は、ぽつり、と呟いた。
「・・・断らない、のは、 俺が、貴方から、何かを、得られている、からで、」
「・・・ああ、」
本人相手に何を言っているんだろうと奥底に眠ってしまっていた理性が少しだけ警告を促したがそれに俺は気付くことなく、依然として身体に広がっている温度に縋り付くように手を伸ばして、顔に広がる心地よさにゆるゆると自分の顔を埋めて、言葉を続けた。
「・・・貴方が、いると、 ひどく、落ち着くんです、」
「抜け出せなく、なるくらいに、 心地、よくて、」 言っている今も、それを感じている所為か、それとも単に酔っている所為か、徐々に意識が表面から奥底へと再度沈み始めたらしい。元々酔いの所為で舌足らずになっていた言葉が、さらにはっきりしなくなっていって、
「・・・私も、君といると、ひどく落ち着くよ。 。」
「少し、眠ってなさい。」 意識を手放そうとする最中、身体中に響いてきたその声が、離すまいと言わんばかりに俺を包んだ気がしたのは、きっと酒で酔っていしまっている所為なのだろう。けれど、その感覚に心地よさを覚えてしまいながら、俺は彼の言葉に促されるままに、意識をそっと手放した。
飛躍思考
得られるそれは、何ものにも代え難いそれで。
title by Lump / 飛躍思考(short)