「・・・そうですか。」
太陽も空から海へと沈み込み、俺の家の近くにある森林には夜独特の静けさが、街の方には夜独特の喧騒が立ち込め始めたそんな頃、夕食を作ろうかとキッチンへといるはずの俺は・・・何故か、街の酒屋の椅子へと腰を降ろしていた。
「(・・・何で、俺はここにいるんだろうか。)」
「賭博で稼ぐとか言ってたんだけど、もしかしたら貴方の所に行ってるかも知れないと思ってね?」
「・・・お役に立てなくてすみません。」
「ふふ、貴方の所為じゃないわよ。」
隣に座っている女性に酒を注がれながら、俺はそれをゆるりと一口含み、名前も知らないその女性の知り合いである、俺がここにいる原因である、その男を頭の中で睨み付けた。
「レイさんったら、何処行ったのかしら? 、分かる?」
この女性が・・・いや、女性達が、どうやって俺の家を知ったのかは分からない。あの人が追跡されているのに気付かないわけがないし、わざと追跡させたとも思えない。(あれで、他人には面倒をかけたがらない人だ・・・実際に、こうして掛けられてはいるのだが。)まあ、方法はどうであれ、こうして自分の家を知られてしまっている事には変わりないのだから考えた所でどうしようもないのだ。
「・・・いや、俺にはさっぱり。」
「あら?見当くらいはつくんじゃないかしら?」
「・・・気まぐれに移動する人ですから、見当のつけようもないですよ。」
「それに、俺の家へとたまに足を運ぶのは確かですが、それ以外の彼の事に関しては、知らないに等しいので。」 そう言って、俺はまた一口酒を煽った。知らない、というか、何故俺があの人の事を何か知っていないといけないのだろうか?あの人に関与すると、ロクな事が起きない。今までも、そしてたぶんこれからもそうだ。常にトラブルの中にいる、とかそういう性質を持った人ではないが、かといってトラブルを起こさない訳ではない。・・・トラブルを起こした張本人のくせに、気付けば蚊帳の外にいるような人なのだから余計と質が悪いとか、思ったりするのだが。
「ふふ、彼の事なんて放浪癖だけ知っていればそれで十分でしょう?そんな他人みたいな言い方したら、彼が悲しむわよ?」
「あの人の放浪癖は、誰もが知ってますよ。・・・それに、あの人が悲しむなんて事、めったにないです。」
「ふふ。・・・でも、それを知っている上で彼と長く付き合っていて、受け入れている人は少ないわよ?」
「だから、彼は貴方の元へ甘えにくるのよ。」 この人は、俺に一体何が言いたいのだろうか。言葉の裏に何かある気がしたが、けれど、この人は言葉のままの意味しか言っていないような気もする。確かに、俺はあの人の放浪癖を知っているし、それを別にどうこうしようなんて事は全く思っていない。放浪、と言うと少し違う気もするが、元々彼はそういう人だったのだ。1点に落ち着くことのない、そんな事をやって世界を駆け巡っていた人だ。・・・まあ、別に、彼が海賊でなく、放浪癖があったとしても、それを咎めはしないだろうが。
「・・・甘えって、・・・ただ単に、自分にとって都合が良いだけですよ。」
「ふふ、そう?」
「そうです。何も言わず、寝食の場を提供してくれる。それでいて、何の面倒もなく出て行ける。」
「・・・まあ、提供してる俺も、俺なんですが。」 俺は、この女性に何を言っているのだろうか。必要以上の事をこの人へと話しているという自覚はうっすらとあったが、紡いでいるその口が閉じてくれなかった。酒を飲み過ぎたのかも知れない、なんて思ったのだけれど、・・・そう感じた頃にはもう既に手遅れな時が多い
「ふふ、なら、何では彼に提供しているの?」
「別に、断っても貴方の都合が悪くなる訳じゃないんでしょう?」 その女性が紡いだその言葉に俺は少しの間、酔ってしまった所為でぐちゃぐちゃになり始めていた脳内で考える。彼女の言う通り、別に提供しなくとも、俺の都合が悪くなる訳ではない。むしろ、俺の家に知らない女性が押しかけてくる事がなくなったり、こうして酒場へと連れて行かれ愚痴を聞かされる羽目になる事がなくなって、俺にとっては都合が良くなる事ばかりになる。
「・・・あの人といると、」
「うん?」
・・・けれど、そんな面倒を、あの人のその全てを受け入れて、俺はあの人に寝食を提供しているのだ。別に彼からの見返りがあるわけでもないし、それをいつかしてくれるだろうなんて期待も全くしていない。そう、違う、見返りなんかではなくて、都合とか、そんな利害、損得の問題なんかじゃなくて、もっと、こう、精神的というか、根本的というか、・・・ああ、俺は何を言っているんだろう。(・・・だんだん、頭が回転しなくなってきた。)
「ふふ、あの人がいると、何かしら?」
・・・・・・何というか、その、あの人が俺の家を訪れる度、面倒だと思う反面、そうやって彼を甘やかしてしまうのは、俺が、俺自身が、
「・・・彼といると、ひどく落ち着く、から、」
ようやっと、そう言葉を紡ぎ出した瞬間、酒とそれからくる眠気の所為で、ずるっと身体が傾いてしまったのだが、俺の身体は、意識は、それを感知するまでの力はもう残っていなかったらしい。けれど、俺が身体を床へと投げ出されずに済んだのは、
「・・・全く、君は何をしているんだい、 。」
そんな声が、身体に伝わってくるその心地よい温度が、俺の身体へと響いてきた時、俺は安心したかのように、意識をどこかに飛ばしてしまったようで、
半熟思想
その温度へと、俺は縋るように手を伸ばした。
title by Lump / 半熟思想(short)