「ん?どうした、?」
「・・・俺、ここに来て、変わったような気がします。」
「親父さんの家族になってから、ずいぶんと、」 いつものように親父さんと甲板でお酒を飲んでいたそんな時、不意に、俺は親父さんへとそう言葉を紡ぎ出していた。何を言っているんだろうと自分でも思ったけれど、でも、ふとそんな事を思ってしまったのだ。腕に巻かれていた包帯を見ていたら、そんな事を、
「グラララ、そうだな、一体どう変わっていったと思うんだ?」
俺の突然の言葉にも、けれど親父さんは俺の話に耳を傾けてくれるようで、続きを促すようにそう紡いで目の前にいた俺の頭をゆるりと撫でた。この心地よい感覚は俺と違ってずっと変わらないなあ、なんて思わず顔を緩めてしまいながらも、親父さんへと言葉を続けようと俺は腕の怪我した部分へと手を滑らせた。
今日の、この怪我を負った戦闘の時だってそうなのだ。親父さんに向けられた銃に気付いて、あの程度なら親父さんが傷を受けるはずがないと分かっていても、親父さんに銃弾を当ててなるものかとつい動いてしまった身体。以前だったら、何が何でも親父さんだけには、と無我夢中に自分自身の全てをかけてその銃弾を受けていたのだろうけれど・・・
「・・・俺、昔よりも自分の身体を大切にしないと、って思うようになったんです。」
ぽつりと独り言のように出てしまった俺の言葉。親父さんに聞こえたのだろうかと不安になって顔を上げれば、大杯を持っていた手は頬杖をついていて、俺の頭を撫でていた手はもう1か所怪我をしてしまっていた肩へと移動していた。どうやら、親父さんは海の波音にかき消されてもおかしくなかった俺の声をちゃんと拾ってくれていたようで。そんな事にすらどうしようもないくらいに嬉しさを感じながら、俺はゆるりと言葉を続けた。
「昔は、俺に全てを与えてくれたこの船のみんなのために、何が何でも役に立とうと、自分にできる精一杯の事をしようと思っていたんです。」
けれど、俺にできる事なんてたかが知れていて、自分の身体を張ることぐらいだったのだ。だからそれだけでも頑張ろうと、文字通り自分の身体を張って、自分にできる事を精一杯してきたつもりだった。もちろん、それは今でも変わりなく自分の方針であるし、これからもずっと親父さんの、この船みんなの役に立ちたいと思っている。それは、あらゆるものからみんなを守る時だってそうなのだ。この身でみんなの身体に傷がつくのを防げるのならと、昔も今もそう思っては、いるのだけれど・・・
「でも、それをすればするほど、みんなが俺の事を心配してくれて、怒るんです。」
「頼むから、もう少し自分の身体を大切にしろと。」 幼い頃は迷惑になるから怒っているのかと思っていたけれど、怒った後に見せるみんなの顔がひどく泣きそうで、不安そうだったから、俺は不思議に思ってたっけ。今でこそかすり傷で済む傷も幼い体では相当の傷になったりする事もあって、そうやって傷を作る度に、俺は身体を抱え上げられてドクターの所に慌ただしく連れて行かれた事も頻繁にあった。
「最初は、何でそんな事を言うんだろうと思ってたんですけど、」
歳を重ねていくにつれて、その顔になるのは俺の事を心配してくれているのだと、ようやく理解できたから。俺はみんなに怪我をして欲しくないと思っているのと同じように、みんなも俺に怪我をしてほしくないと思ってくれていると分かったから・・・それが、
「 それが家族なんだってことを、 親父さんに、みんなに教わったから、」
「だから、みんなに心配かけないようにしないとって思ったんです。」 心配される、そんな言葉にくすぐったさに似たような嬉しさを感じたのも確かだったけれど、それ以上に、みんなに心配をかけないようにしないといけないという事の方が大きかった。だから、身体が大きくなった今では、できるだけ怪我をしないように、怪我をするとしてもなるべく軽傷で済むようにと心がけるようになった。
「グラララ、そうだな。確かに、昔に比べたら怪我の程度は軽くなったなァ。」
「! 本当、ですかっ。」
「あァ、身のこなしもずいぶんと良くなったしなァ、」
「昔よりもずっと頼りになる息子に育ってくれたモンだ。」 そう言って、親父さんは再び俺の頭を撫でてくれる。いつだって親父さんに褒められるのは何よりも嬉しい事だ。顔に浮かんでしまう笑みを隠しきれないままにそれを受け止めていれば、けれど親父さんはさらに言葉を続けようと口を開いて、俺の頭から手を離してその手を脇腹へと滑らせて、 「でもなァ、、」
「っ、!!」
「怪我を隠すのと、心配をかけさせまいとするのとは、全く別の話だ。」
「ったく、こんなところまで怪我しやがって。」 親父さんのそんな言葉と行動に、俺は驚くことしか出来なくて。今回の戦闘で怪我をしたのは腕と肩だけじゃなく、今親父さんが触れている脇腹にもあったのだ。けれど、3か所も怪我をしたなんて言えなくて、一番見えにくくて比較的軽傷だった脇腹は誰にも言わずに1人で治療して、隠し通していた・・・はずだったのに、
「え、あ、 な、何で、」
あまりの驚きに、まずは隠していた事を謝るべきだったのに、そこまで脳が回らなくて拙い言葉しか出せなかった。何で気付かれたんだろう、確かに銃弾を受けはしたけれど、この脇腹の怪我は銃弾の所為ではなく、親父さんとは離れていた別の場所で作ってしまった傷だ。それなのに、親父さんはどうやって・・・
「う、いや、あの・・・隠していて、ごめん、なさい。」
理由を知りたかったけれど、次第に隠していた事へのバツの悪さが沸き上がってきて、謝っていない事に気付いた俺は、ぼそぼそと言葉を紡いで、親父さんの方へと上げて訊ねたはずの顔は瞬く間に甲板へと降ろした。怒られて、しまうのだろうか。ぎゅっと目を瞑って親父さんの次の言葉に構えようとしていれば、突然、俺の身体は浮遊感に襲われて、 「わっ!!」
気が付いた時には親父さんの足の上に座らされていて、そこで紡がれたそれは、「グラララ、 何で分かったか、なんてなァ、」
「そんなもん、愛しい息子だからに決まってるだろう?」
「親ってのはな、息子の事は手に取るように分かるってモンだ。」 思っていた声音とは全く正反対のものだった。優しく響いてきたその声色にゆるりと顔を上げれば、そこには笑みを浮かべた親父さんの顔があったのだ。浮遊感に襲われていた俺は親父さんのその言葉を飲み込むのに、いつもよりも時間が掛かってしまったけれど、じわじわと親父さんの言葉が身体に染みこんできて、
「(ああもう、 本当に、)」
謝って、その後は反省すべきであるはずなのに、その顔を見て、そんな言葉を聞いてしまった俺は、(愛しい息子だなんて、愛しいその人に、言われてしまえば、)
「グラララ!ったく、調子の良い息子だな、お前は。」
嬉しさが溢れ出てしまった俺は反省をそっちのけで親父さんの胸へと飛び込んでいってしまったのだ。それでも、呆れられてしまうだろうかと思っていたのに、そんな駄目な息子である俺に対しても、親父さんは豪快に笑って、俺の全てをその大きな腕で抱きしめて、「確かに、お前は昔よりも自分を大切にするようになったが、」
「もう少しばかりそれを意識してくれりゃあ、親である俺としては嬉しいがな?」
「なァ、?」 愛おしそうに俺の名前を呼んでくれるのだから、本当にこの人には、(適わなくて、でもそれが愛おしくて堪らないんだ、)
幸福の小箱
「そうしてくれるか、俺の愛しい息子は?」 と放たれた声に、俺の返事は1つしか浮かんでこなかった
title by Lump / 幸福の小箱(short)