それは、幼かった俺がまだこの、楽しくて、温かい家族に入ったばかり頃だった。ほとんど何も知ることなく育った俺は本当に何も知らなくて、親父さんの、俺の全てである人の誕生日どころか、誕生日、というその言葉すらも知らなかった時の話だ。
「・・・たんじょうび?」
慌ただしく、けれど楽しそうに俺にそう放った料理人さん。その言葉を意味が分からなかった俺は彼にその意味を訊ねようとしたのだけれど、俺の頭をくしゃっと撫でた後、すぐに厨房に駆けていってしまって聞けずじまいになってしまった。
「(・・・たんじょうびって、なんだろう。)」
それから、何度も仲間の皆に同じ言葉をかけられて、俺も同じように「親父さんの誕生日」という言葉の意味を知ろうとしたけれど、そう訊ねる前に同じように慌ただしく俺の元を去ってしまって。でも、その誕生日というものがとても楽しいもので、嬉しいものだという事は、彼らの顔に浮かんでいる笑みを見れば分かったから、とても良い日だということは理解できた。それから、その誕生日が何やら親父さんの関係している事も。・・・だから、
「たんじょうび、って、なあに?」
「グラララ、不思議そうな顔してやってきたかと思えば、それが原因か。」
・・・だから、親父さん本人に聞いてしまったのだ。親父さんの事だから、皆が親父さんの誕生日に盛大な宴を開こうとしている事に気付いていただろうけれど、でも、皆は驚かせたかったはず・・・なのに、俺は本人に聞いてしまったのだ。今思えば、とんだ失態だと思う。たとえ、誕生日という言葉を知らなくても、本人に聞くべきじゃなかったのに。
「誕生日っていうのは、人がこの世に生まれてきた日の事を言うのさ。」
「・・・じゃあ、きょうは、あなたが生まれた日、なの?」
「グラララ、ああ、そうだ。今日は俺がこの世に生を受けた日だ。」
それでも、親父さんは幼くて無知だった俺に丁寧に教えてくれたのだ。皆が忙しく動き回っているところをすり抜けて親父さんの元へとやって来た俺を軽々と抱えて、いつものように足の上へと乗せてくれながら、俺の質問に答えてくれた。
「・・・たんじょうびは、みんなが走りまわる日?」
「グラララ!まあ、間違っちゃいねェな。 息子共は、俺の誕生日を祝おうとしてくれてるんだろうよ。」
「いわう?・・・たんじょうびは、いわう日、なの?」
「ああ、そうだ。誕生日は生まれたヤツを祝う日だ。」
「だれが、いわうの?」
「祝うのは個人の自由だ、祝うヤツは色々だ。 そうだな、」
誕生日は、生を受けた人が祝ってもらい、プレゼントとして何かをもらう日だ。いや、プレゼントはもらったり、もらわなかったりだけれど。でも、少なからず親父さんに関して言えば、親父さんはたくさんのプレゼントをもらうのだ。・・・そんな、親父さんがプレゼントをもらう日に、俺は、 「・・・だが、俺は、」
「こうして家族に祝われるのが、一番嬉しいぜ。」
誕生日、という言葉の意味もそうだけれど、知識とか、そういう言葉で表せるようなものではなくて、もっと、温かくて、心地の良い何かを、俺は親父さんの誕生日に、親父さんからもらった気がしたのだ。 「お前も祝ってくれるか、?」 俺の頭を撫でてくれながら、そう訊ねてくる親父さんの顔には、皆と同じようなとても嬉しそうな笑みが浮かんでいたのを、俺は今でも鮮明に思い出すことができる。
「ぼくもいわったら、あなたはうれしい?」
「ああ、もちろんだ。も俺の息子だからなァ、」
「息子に祝われて、嬉しくない親なんていねェさ。」 俺の背中を包んで腹部へと回っている親父さんの大きな手に自分と手をくっつけながら、親父さんの嬉しそうな声を聞いた。
最初は、何で誕生日で皆が嬉しくなるんだろうと不思議に思っていたけれど、親父さんとこうして話しているうちに、彼らが笑顔になっている意味が子供ながらに何となく理解ができたと思う。俺を拾ってくれた、愛しいその人の笑みを、嬉しそうなその声を、もっと聞いていたいと俺はその時思ったから、
「・・・なにかを、あなたにあげるの?」
「ん?なんだ、誕生日に何を贈る事は知ってたのか?」
「さっき、みんなが話してた。」
「まあ、それも正解だが、俺はお前からの祝いの言葉だけでも十分嬉しいぜ。」
「祝ってくれる気持ちがあるだけで、俺には十分だ。」 皆に声をかけられている時にちらりと耳にした「おいっ、オヤジにあげるモンは準備できたかっ!?」という言葉を覚えていた俺に、親父さんは優しい声でそう言葉を紡いでくれた。おめでとう、という言葉くらいは、俺も知っていたし、親父さんがそれで嬉しくなるのなら、いくらだってその言葉を紡ごうと、その頃の俺でもそう思ったのだけれど、・・・でも、やっぱり言葉以外に、
「・・・ぼく、なにもあげるものがない、」
「グラララ!だから、言葉だけで十分嬉しいって言ってるだろうが。」
言葉以外に、俺の全てである愛しい貴方に、形に残る何かを贈りたかったから、「あげるものがない、から、」
「ぼくを、あなたにあげる。」
「・・・それじゃ、だめ?」 知識も何もない頭で必死に考えてでてきたものは、・・・今思えばひどく恥ずかしくて、情けない物だった気がするけれど、・・・でも、
でも、そんな俺の言葉に、貴方は、ひどく驚いた後、笑みを浮かべながら俺を思いっきり抱きしめてくれて、
「グララララ!! あァ、最高のプレゼントだ。」