何が俺をそうさせたんだったか、確か目の前にいるこの人たちが親父さんの事を悪く言った所為だったかも知れない。親父さんを悪く言う言葉なんて、思い出したくもないからこれ以上は考えないことにするけれど、それにしたって、俺の理性は、親父さんの事となると、途端に脆くなってしまうらしい。
船の上での戦闘は海へと投げ出されてしまう可能性もあるから気をつけろとエース隊長やらマルコさんやらから幾度となく言われているというのに、それを忘れたわけではもちろんないのだけれど、それに意識を回せるだけの冷静さが、今の俺には欠いていた。
「言葉には気をつけろ。誰に向かって、そんなふざけた言葉を吐いた?」
「 ひっ、 」
「愛しいと思っている親のことを悪く言われて、 その息子が黙っているとでも思ったのか。」
「う、あ、っ!」
攻撃を仕掛けてくる敵は構わず蹴りなり拳なりを入れていたから、どれ程多くの敵がいるかは分からなかった。血液が未だに沸騰せんばかりの勢いで巡っているのをやけに敏感に感じ取るようになっている自分の身体の変化にようやく気づいて腕を見やれば、赤いその液体がそこから流れ出ているのを俺の目が捉える。どうやら、いつの間にかナイフか何か鋭利なものがかすってしまったらしい。けれど、それに痛みを感じないくらい、俺の意識は別のところへと集中していた。これは自分でも抑え込みが利かない所まで達してしまっているのかも知れないと、その赤色を見ながら思っていれば、
「 、」
すとんと、今まで沸き上がっていたそれらが、徐々に、急激に、身体の奥底へと戻っていくのが感じられて、感じていた熱が途端に下がっていく。その声に導かれるように、後ろへと振り向けば、俺の視界へと映り込んだのは、
「 親父、さん、 」
凛と響いた親父さんのその声は決して近くで紡がれたものではない、それは俺が敵船に乗っているから当たり前の事なのだけれど、それでも、俺の耳へとまるで囁かれたかのようにその愛しくて仕方がない声が響いてくるのを感じて。名前を呼ばれただけだったけれど、俺はふらふらと血を流しすぎた所為で覚束ない足取りのまま、敵船からモビーディック号へと戻り、俺の名前を呼んでくれたその人の元へと、
「 親父さっ、 あ、れ?」
ふらふらと、けれど確実に親父さんの元へと進めていた足が、急にがくんと、折れるようにして倒れ込んでしまう。反射的に顔と甲板がぶつかり合わないようにと怪我をしている腕もそのまま伸ばそうとしたのだけれど、 その腕ごとふわりと俺を包み込んでくれたのは、
「っ!」
「 ったく、親の前で無茶ばかりしやがって。」
「 親父さ、ん、 あの、俺っ、」
親父さんから伝わってくるその温度に安心しきった所為だろうか、先程まで感じることの無かった痛みが溢れ出さんばかりの勢いで体内を刺激してくる。痛みに耐えるように、感じるその安堵感を離さないようにと、抱え込んでくれる親父さんへと腕を伸ばすと、親父さんはわしゃわしゃといつものように頭を撫でてくれて、(でもこれは、たぶん、褒めてくれる時の、)
「グラララ、愛しい息子に怪我をさせられて、親が黙ってる訳にいかねェからなァ?」
「お前ェは、少しばかり休憩してろ。」 ぽんぽんと、優しく頭を撫でられて、笑みを浮かべながらそう言葉を紡いでくれる親父さんへと、俺もゆるりと頬を緩めて。それから敵船へと顔を向ける親父さんのその背中を、放たれる声を、俺は意識が薄れる中で追いかけた。
「さて、俺の息子に手を出すとどうなるか、その身を持って教えてやろうじゃねェか。」