「(・・・寒い、)」
その多さに予想していたよりも時間をくってしまって、コートにマフラーと冷気に対してこれでもかというくらいに防備を施していたというのに、それでも俺の身体は冷えていってしまった。けれど掠めてくる風に怯んでしまうものだから、進めている歩を早くする事すらできなくて。よたよたと覚束ない足取りで、両手に頼まれた物が入っている袋を携えながら、ようやく俺は甲板へとたどり着く事ができた。
「(ついでに、何か温かい飲み物でも貰ってこよう。)」
みんなのいる食堂までもう一踏ん張りと袋を握り直して甲板を進んでいたのだけれど、すぐに俺の足はふと進む事を止めてしまった。寒さを一瞬忘れてしまうように、俺はその人を視界に捉えた瞬間、引きつっていた頬を緩ませ、ここよりもずいぶんと温かい食堂へと移動させようとしていた足の先を、すぐさまその人の方へと転換させて、駆け寄って、
「 親父さんっ、」
「グラララ!あのがこの寒さの中外に出るとは、珍しい事もあるもんだなァ?」
駆け寄る俺にすぐさま気付いてくれた親父さんは、そう言葉を紡ぎながらその大きな手で俺の頭を撫でてくれる。親父さんのその言葉に、仲間に身体を心配されて街に出た事と、ついでの買い物を頼まれた事を話せば、「腐る前で良かったじゃねェか。」 なんて他のみんなに賛同するような言葉を返してきたものだから、少なくとも自覚はしていた俺は、返す言葉が見つからなくて苦笑しかできなくて。それにまた親父さんは笑みを浮かべて俺の頭から頬へとその手を下ろしてきたのだけれど、
「 その、 親父、さん?」
「 ・・・お前ェ、」
俺の頬に触れた親父さんの手が何故だか一瞬ピクリと震えた。どうしたのだろうかと見上げて親父さんを呼ぶのだけれど、眉間に皺が寄っているように見えて、変な事でもしてしまったのだろうかと急に不安に駆られてしまう。
「どこか店に寄ったんじゃねェのか?」
「みんなに頼まれた所へは全部行きましたよ?」
「そうじゃねェ、休憩を入れなかったのかって聞いてんだ。」
「??遅くなるといけないと思って、頼まれた所以外行ってませんけど・・・あの、親父さん?」
皺を寄らせたままで俺にそう尋ねてくる親父さん。だが、それでも親父さんの手は俺の頬から離れないでいてくれて、それどころか、俺の頬をゆるりと優しく撫でてくれる。何かしてしまったんじゃないのだろうかと思っている俺はというと、理解の至らないまま、親父さんのされるままになっていて。言葉もろくに紡ぎ出せないまま、情けなくも視線を甲板へと彷徨わせていれば、急に身体が押されるように感じて、
「 わっ、!」
ふぬけた声を思わず出してしまいながら、どすんと目の前にあった何かにぶつかる。さらに混乱を極めた俺の脳内は、けれどそのぶつかった何かに、それから俺の背中に触れている何かに、瞬時に心地よい温かさを感じとった。それから脳内の中にある多くの引き出しは、すぐさまある所を引っ張り出してくる。
「 ったく、休憩もしねェで、こんなに冷たくさせやがって、」
「え、 あ、 お、親父、さん?」
背中の回っているその手が、目の前に広がるそれが、全て親父さんのそれらである事を理解したのは良いのだけれど、肝心なその理由を見つけられなくて。冷え切っていた俺の身体を温めてくれる親父さんのその体温に、融けそうなった意識を慌てて引き戻して、親父さんと言葉を紡いだら、
「 、」
「??何、ですか?」
「もう少し、こうされてろ。」
「・・・あの、頼まれた物が、」
「少し遅くなったって、誰も怒りなんざしねェさ。」
「 それとも、俺にこうされるのが嫌か?」 親父さんから響いてきたその言葉に、頼まれた物を渡さないと、と脳内で発信されていた信号はすべて遮断されてしまったらしい。・・ずるい人だ、俺が貴方にそんな事を言われてしまえば、俺が嫌なんて言わない事くらい、(貴方が一番良く、)
「( でも、 )」
・・・けれど、そんな事を思っていても、身体的な温かさもあるけれど、でももっと違う、それ以上の温かさが俺へと染み込んでいくのを感じてしまっている時点で、俺はもう、
「 親父さん、」
「ん?」
「・・・少しだけ、少しの間、こうしていても良いですか?」
「グラララ! あァ、構わねェよ。」 響いてくる、伝わってくる愛しいそれら全てに、結局自身の全てを融かされてしまった俺は親父さんの胸元へと身を委ねてしまうのだった。