「 えっと、これは、」


世の中がクリスマスというイベントで賑わっている中、そんな聖なる夜に俺は会社でそそくさと残業というものをやっていて。自分の仕事は定時にしっかりと終えて、後は帰宅してのんびりと過ごすだけだと思っていたのに、


「(・・・まあ、子どものいる上司に泣きながらに頼まれたら、なあ、)」


普段なら自分でやってくださいとはね返すところだけれど、今日はクリスマスという子ども達なら楽しみにしてもおかしくはない日であって。子どもに悲しい思いをさせたくないという上司の言葉に根負けしてしまい、こうして仕事をしているのだが・・・どれだけ仕事を溜めておたんだ、あの人は。


「(・・・お世話になってる根は良い先輩だって知っているから良いものの、)」


だいたい、普段はのらりくらりと過ごしているあの先輩に、子どもがいる事自体おかしな話に聞こえる。締め切り前のあの仕事のこなし方は凄いものがあるのだけれど、あんなに仕事ができるなら最初からすれば良いと毎回のように言っている。けれど「早く終わらせたらそれだけまた仕事が回ってくるだろ?」 なんてまた上司とは思えない発言をしてくれる訳で。


「(出世欲がないというか何というか、・・・ん?)」



何とか今日中までに終わらせて会社に泊まるだなんてことは避けたいから、散々ため息を吐きながらも動かす手は止めずに、パソコンに向かったり書類を見て整理をしていれば、デスクに置いていた携帯の着信音が、部屋の中に響きだした。


「電話?・・・、はい、もしもし?」
、今どこにいるんだよい。」
「え、あ、・・・、ま、マルコさん?」
「ああ。」


「ったく、名前確かめてから出ろよい。」 突然の着信音に慌てて出たものだから、もちろん誰から電話が来たとか見ていなかった俺は、それがマルコさんからの着信だと気付くはずもなく。電話越しに聞こえてきた声で漸く彼からの電話だと気付いて彼の名前を口に出せば、帰ってきたのはため息混じりのそんな言葉で。


「それで、今どこにいるんだよい?」
「今、ですか?会社にいます、けど・・・あの、マルコさん、」
「会社だァ?お前が定時に帰らないなんて珍しい。誰かに頼まれたのかい?」
「あ、はい。所帯持ちの上司に頼まれてですね、」
「・・・そんなこったろうと思ったよい。」


俺の返事にマルコさんからは再度ため息が返ってきた。けれど俺はそのため息よりも、何でマルコさんがこんな時間になって電話してきたのかが気になってしまって。部署は違えど同じ会社で働いている先輩であるマルコさん。会社でも、・・・その、プライベートの方でも、とても良い先輩であるし、1人の俺の・・・ああ、俺の事は良いんだ、うん。(・・・自分で言ってて恥ずかしくなってきた)

何か書類の話だろうか、なんて考えながら携帯を片手にパソコンへと向かっていると、「さっき、の家に行っていなかったから驚いたよい。てっきり定時に帰ってるかと思ってたんでな。」 なんて俺の方が吃驚するような言葉を放ってきて、俺は思わず動かしていた手を止めてしまった。


「えっ、あ、家に、行ったんですかっ?す、すみません、俺連絡しとけば、」
「あァ、お前のせいじゃねェよい。俺が勝手に連絡もせずに行ったんだからよい。後どれくらいで終わりそうだ?」
「えっと、もう少しで終わりますけれど・・・ま、マルコさん、今、どこに、」
「じゃあ、一緒に待つとするよい。お前の隣で、な?」
「えっ、・・・?」


わざわざマルコさんに来てもらったって言うのに留守にしていた事をひどく後悔しながら、マルコさんに今の場所を聞こうとしたら、また突然に放たれた、すぐには理解できないようなそんな言葉。一緒に待つ?・・・俺の、隣で? 電話越しに聞こえてきたマルコさんのその声を何とか理解しようと脳内にその言葉を駆け巡らせていた、そんな時、 頭をいきなりわしゃわしゃと撫でられる感覚が俺の意識をすべて持っていって、


「 え、 あ、 マルコ、さんっ!?」
「  何だよい、その顔は。」


「言ったじゃねェかよい、隣で待つって、な?」 頭のその感覚に思わず勢いよく振り返れば、そこにいたのは電話を耳に当ててこちらを見ていた、今電話をしていた相手であるマルコさんであって。電話をかけてきた事も、俺の家に行ったらしい事も、今ここに彼がいる事も、全てが突然すぎて頭が混乱しかけているそんな中、けれど目の前にいるマルコさんはいたって冷静で、顔に笑みすらも浮かべていた。


「え、な、何で、ここに、」
「家にいねェ時点でここかと思って来たんだよい。」
「ど、どうして、俺を訪ねたんですか?書類の事とかなら、電話だけでも、」


コートを羽織ったまま、隣にあった椅子へと腰掛けて、マルコさんは1つ1つ丁寧に返事をしてくれて。外を歩いていたからだろう、頭を撫でてくれていたマルコさんの手がひんやりと冷たくて、さらに申し訳なく感じながらまた続けて疑問を投げかければ、彼はさも当たり前のような顔をして、その顔にまた笑みを浮かべて、「何だよい、」


「愛しい奴と聖なる夜を過ごしたいと思うのは、いけねェ事だったか?」


その冷たくなってしまった指を俺の頭から頬へと滑らせて、さらっとそんな事を言いのけてくれたマルコさん。かなり時間を要したけれど何とか彼のその言葉を理解した俺は、まるで彼の指を温めるかのように自分の頬へと熱を集中させていってしまう事しかできなくて。


「それで、はどう思ってるんだよい?」 


こんな顔で、肯定しているも同然なそんな顔を俺がしているというのに、視線を彼から外せない俺にクツクツと笑い声を漏らしながらそう訊いてくるのも目の前にいる、俺の愛しい人な訳なのだが。「・・・分かっているくせに、」 そんな憎まれ口さえも彼は嬉しそうに頬を緩ますだけで、俺が言葉を紡ぐのを待っていて。


「  、」
「う、 その、ですね、」


その言葉を紡ぐのが嫌なわけではない、ただ、恥ずかしいだけで。けれど、彼に見つめられるだけで、どうも逃れられないような感覚にとらわれてしまって。彼に促されるようにして名前を呼ばれるだけで、その恥ずかしさすらも融かされていってしまうのだから、俺もたいがい、


「・・・早く、」
「ん?」
「早く、残っている仕事を終わらせますから、 その、 待っていて、もらえますか?」


遠回しの言い方かも知れなかったけれど、でも俺の精一杯のその言葉をマルコさんへと喉を震わせて声へと乗せれば、再度、愛しいその笑みを浮かべて、俺に愛しいその声を、


「あァ、待ってるよい。」

臨機応変に過ごしましょう

どうやら今日の予定は、思っていたものと違う事になるようで。