「 ・・・ルフィ、」
何故か俺の足には気持ちよさそうに眠っているルフィのその頭が乗っていた。何がどうしてこんな状況になったかなんて、今し方まで寝ていた俺が分かるはずもないのだけれど、とりあえず、もう少しばかりこの状態から抜け出せない事だけは理解して。空を見上げようと手を芝生へとついみれば、そこには俺が読んでいた本が無造作に置いてあった。
「( ルフィ、)」
起こしたい訳でも無かったから、声には出さずに彼の名前を呼んでみる。そんな事をしていれば、足が彼と触れているだけだっていうのに、彼から、何となくだが、海から香るあの独特な、俺にとってはひどく安心する、その香りが俺の嗅覚を刺激してくるように感じて。それが俺の勘違いなのか、本当に彼から発せられているのかを確かめる術はないけれど、別にどちらでも良い気がした。
「( 浸かるくらいなら、抜け出せたのだろうけれど、)」
浸かる程度なら自力で戻って来る事が出来るが、それ以上はもう、自分の力で戻る事は出来ないし、むしろそれよりも深みに入っていくことを受け入れる事しかできない。けれど、俺はそんな海が、そんな海だからこそ、
「 何時の間に、深みに入ったのだろうな、」
思わず出てしまったその言葉に、返事をする代わりなのか何なのか、目の前で寝ている我らが船長は俺の腹部へとさらに顔を寄せてきて、さらには背中にまで腕を伸ばしてきて。そんな彼に俺は顔を緩めて、彼の少し癖のある髪をそっと撫でた。今のように、全く自覚しないうちに、彼は海と同じように俺を深く引き込んでいく。引き込まれていく事を俺が奥底で望んでいたのかもしれないし、入って何となくで受け入れてしまったのかも知れない。だが、どっちにしたって、俺は今、この現状がひどく、
「( 心地よい、)」
依存、なんて言葉を使うと、何だか駄目な人間に思われるかもしれないが、けれどこの言葉がしっくりとくるのだから、仕方ない。でも俺は、それでも良いとさえ思ってしまう。こうして彼が俺の側に居てくれることで、俺に与えてくれるそれらは、眼前に広がる壮大で、偉大な海が与えてくれるそれらと似ているような気がして、 もう、それを手放したくないと思ってしまっている自分がいて。
「 愛しくて仕方がないんだ、この海が、 ルフィが、」
もっと深みに入っていく事さえ厭わない程に、多分俺は、 そう紡ぎ出したところで、深みに入ってしまっている俺の言葉は泡となって消えて行くのかも知れない。けれど、その泡すらも彼は、俺の船長は掬い上げて、受け取ってくれる気がするのだ。
「 ずっと一緒にいたいと、君に伝えたら、君はどう答えてくれる?」
いつものようにその愛らしい笑みを浮かべて、なに当たり前の事言ってんだ?なんて答えてくれるだろうか。ああ、きっと多分そうなんだろう。そんな会話をしたことがある訳でもないのに、その場面はまるで既視感を覚えさせる程、鮮明に脳内に描き出されて、思わず自分に笑みを零してしまう。
「ふふ、全く。本当に君は。」
「 ん、。」
「そうだね。もう、抜け出せない所まで、来てしまっているからね」
「君の元へともっと近づけるように、深みに堕ちていくとするよ。」 俺が彼に何か誓いを立てるかのように、その額へと自らの唇をゆっくりと触れさせれば、再度、彼は俺の名前を呼んでくれた。どうやら、喉震わせて紡ぎ出した俺の言葉は、彼の耳元へ、偉大なる海へと、潮風と共に流れていったようだった。
抜け出せない迷路
もっとも、抜け出す気なんて最初からなかったのだけれど
title by 赤小灰蝶 / 抜け出せない迷路