「ちっ、」
「っ!」


どうやら、今日の船長の虫の居所は、相当悪いらしく。船長の舌打ちが聞こえてくる度に、船員のみんながびくっと身体を震わせながら、手に持っているジョッキをそのままに、船長に気付かれないようにちらちらと視線を送っていた。もちろん、例外に漏れることなく、俺もその1人であって。


「・・・キッド、」
「ンだよ、」
「お前がそんなんでは、飲めるモンも飲めなくなるぞ。」


隣に腰を降ろしているキラーさんが俺たちの空気を察して、そう言葉を船長へと紡いでくれるのだけれど、案の定、あまり効果はなかったようで。ジョッキに入っていた酒を一気に飲み干しながら、「・・・だいたい、あいつらが悪ィんだよ、」 なんてその強面で話すものだから、「(誰だ、俺たちの船長を怒らせたバカはっ!?)」 なんて思わずにはいられなかった。・・・なんて、俺たち部下が、そんな事を思いながら、船長の様子を窺っている最中、 「お、おいっ、っ!?」


「・・・キッド、せんちょ、」
「あァ?  」


向こうの方から慌てたような声が聞こえたかと思えば、動かせずにいた俺たちの視界に入ってきたのは、なんと、酒豪であるはずの、へろっへろに酔っ払ったの姿で。それだけなら、まだ珍しいものを見た、で済まされるのだが、事もあろうに、そのがキッド船長へと声をかけ、そのまま、キラーさんの座っていないもう一方の隣席へと・・・腰を降ろしやがった。


「「(ーっ!!?)」」


これまでにないくらい、俺たち船員の心が一致した瞬間だったと思う。でも、何やってんだお前!とあの席へと行く勇気もないから、俺たちは冷や汗をだらだらと流しながら、これ以上キッド船長の機嫌を損ねないでくれと、祈る事しかできなくて。

・・・けれど、そんな俺たちの冷や汗を綺麗さっぱり拭い去るかのように、キッド船長の周りから感じられていたその険悪な空気が、吹き飛ぶように感じたのは、


「・・・何で、そんなに顔が赤ェんだよ、お前。」
「・・・そんなにのんでませんよ?」
「俺はンな事一言聞いてねェんだが。」


「・・・馬鹿か、お前ェ。」 隣に座ってきたを邪険に扱うこと無く、それどころか顔の赤いの頬へと手を這わせながら、そんな言葉を口にする船長。聞こえてくる罵りも何故だか、優しいというか、甘ったるいというか・・・でも、少なくとも、俺たちの予想していた結果とは、正反対のそれらである事には違いなかった。


「・・・う、ん、 せんちょ、う、」
「ったく、手間の掛かる野郎だな、お前は。」


ガタッ、船長の立ち上がる音が響き渡って、俺たちはまた、身体を情けないくらいに震わせてしまっていれば、けれどそれにすら気付くこともなく、船長は樽を持ち上げる時のように、を軽々と肩に担いで、


「・・・戻る。」
「あァ、了解。」


何事もないかのように、普通に酒を飲んでいるキラーさんへとそう声をかけると、キッド船長は、と一緒に、暗闇へと消えてしまった。(え・・・え!?)

こぼれた酒の行く末

最後に見えたのは、船長の背中に気持ちよさそうに顔を寄せる、のまぬけな笑みだった。



title by 酒系お題 / こぼれた酒の行く末(酒憶)