「 マスター、不快だと思うのならすぐに出て行くが。」
「いや、構わないよ。私も、あの客には参っていたからね。」
「そうか。 それにしても、このケーキは特に美味しいな。」
「はは、気に入ってくれたみたいで何よりだ。」
「・・・キッドの頭、殺したらまたに怒られるんじゃ、」 マスターとの会話を楽しんでいれば、後ろで船長の様子を見ていた船員の1人がそんな事をいっているのが聞こえて思わず苦笑を漏らしてしまう。いくらケーキの恨みとはいえ、そのケーキを作ってくれたマスターの店で殺しとはいただけない。
以前にもこんな事があった時にそれをやってしまった船長に俺が良い顔をしなかった事を覚えていたのだろうか。そんな事を思っていると、さっきまで聞こえていた悲鳴やらが急に聞こえなくなる。その代わりに聞こえてきたのはこちらへとずかずかと近づいてくる彼の足音だった。
「・・・殺したんですか?」
「・・・半分しか殺ってねェ。」
「(半分してんじゃないですか。)」
どかっと俺の隣に座り込んだ船長に訊ねれば、若干言い淀みながらのその返事を聞いて思わずため息をついてしまう。けれど後ろをちらりと見やれば赤い色は見られなかったから、どうやらとりあえずは先程の船員の声は効果があったらしい。ふざけた輩と一緒に来ていた部下らしき人物がもう攻撃をしてこないのだと分かったのか慌てて上司を担ぎ上げてこの店を出て行くのが視線の端に入った。
「ふふ、以前俺が怒った事覚えていたんですか?」
「・・・お前の甘いモンへの執着はイカレてるからな。」
「もう、イカレてるなんてひどい言い方をしますね。」
「俺はただ、甘いものが大好きなだけですよ。」 船長の言葉にケーキを口の中へと入れながらそんな返事をすれば、「・・・それのどこがイカレてねェって言えンだ。」 なんて、まるで何個食べるつもりだと言わんばかりに船長は眉間に皺を寄せてこちらを見てくる。
「一口食べてみます?」
「 いらねェ、」
一口サイズに切り分けたそれを船長の方に持っていくのだけれど、船長は首を縦に振るはなかった。というかさっきもこんな事をやらなかっただろうか、なんて思いながらそれを自分の口の方へと運び込むのだけれど、先程とは違う行動を取ったのは船長の方で。
「 、」
「はい?何ですか、船長?」
俺の名前を呼んだと思えば、フォークを持っていない俺の手、つまり先程剣先を握りしめた所為で未だにうっすらと血が滲んでいる方の手を船長は急に掴んできて。彼のそんな行動に理解ができず俺が船長に腕を取られたまま彼を凝視していれば、船長はそのまま俺の手にある傷口へと顔を近づけて べろり、と
「っ!!」
何をするかと思えば、船長は味わうかのように自らの赤い舌を口から出して俺の手に滲んでいるその赤い血を舐めとってきた。「・・・何をしているんですか、」 彼の行動を把握するのに時間がかかり、漸く紡ぎ出したその言葉。しかしそんな俺の言葉をさらっと普通に流して、船長は口の端を上げて至極楽しそうに声を俺に届かせた。
「 それよりも、こっちの方が甘ェと思うがな。」
それ、と言われてしまったケーキから俺の手へと視線を移しながらそんなとんでもない事を言ってくる船長。俺のケーキ好きをイカレてるなんてどの口が言ったんだというようなその言葉に、俺は顔を顰めることしかできなくて。推測的な言葉なんか使わないでも、俺より船長の方がイカレてるのは明確じゃないかなんて思いながらも視線をそのまま船長に固定していれば、
「その上、それよりも格段にうめェ。」
続けざまにそんな事を言いながら、船長は自分の唇に付いていた俺の血を綺麗に自らの赤い舌をちろりと出して舐めとる。そんな彼の姿を見ていた俺は、不覚にも、
「(・・・俺は阿呆か、)(人の事を言えやしないじゃないか。)」
そんな船長を格好いいなんて感じてしまった俺も、船長の言う通り相当イカレているに違いないのだろう。
鮮やかな赤
それから彼はその唇で、俺のそれを噛み付くように奪いに来たのだ。
title by 鴉の鉤爪 / 鮮やかな赤