睡眠時間が少なすぎたのか、はたまた寝過ぎたのか、いつもよりも重たく感じる身体を無理矢理起こしたそんなある日の事。ふらふらと覚束ない足で一歩一歩とゆっくりではあったけれど前へと進み、なんとか朝食を取るためにその部屋へと足を踏み入れる。
「おお、・・・ってお前・・・今にも倒れそうだぞ。」
「だいじょうぶ、です。 ほら、ここまで歩けましたし、」
「・・・まあ、お前がそう言うなら、それで良いけど。(立ってる事すら危うい気がするんだが。)」
「俺、イナズマさんに挨拶しに行ってきます。」
「・・・おー、行ってこい。(・・・まあ、あの人のとこなら、大丈夫か。)」
途中で仲間とそんな会話を交わしつつ、いつものように彼が朝食を取っているそのテーブルへとゆるゆると足を動かす。・・・何だか、歩く途中で妙に仲間に心配されていたのは気のせいだろうか?そんなに見るに堪えないほど歩き方が酷かったのかと、未だに完璧には動いていない脳内でそんな事を思っていれば、視界にようやく目的の人を捉えた。
「 おはようございます、 イナズマさん、」
寝ぼけ顔で元々締まりのないそれだったけれど、さらに顔を緩ませてしまいながら、俺は彼の名前をゆるりと紡ぎ出した。朝が弱い俺とは正反対で、いつ見たってぴしっとしているイナズマさん。どうやったらあんな風になれるのかと時々考えたりする・・・まあ、それは、考えるだけに終わってしまうのだけれど。
「ああ、。」
俺の声にしっかりと反応を示してくれたイナズマさんはいつものように俺の方へと振り返って笑みを浮かべながら、自分の隣に座るように促してくれた。彼のそんな好意に甘えさせてもらって、のそのそとその場所へと腰を降ろす。そうすれば、朝の挨拶と一緒に頭をふわりと撫でられた。そのまま再度夢の世界へと旅立ってしまいたくなるようなその心地よさに、思わず瞼を下ろしてしまいそうになる。
「フフ、どうした?いつもよりも足取りが覚束なかったが。」
「・・・そんなにふらふらしてますか?」
「ああ、今にも床に顔をぶつけそうな勢いだったよ。」
「・・・(・・・そんなに酷かったのか。)」
けれど、眠りそうになっていた俺に、朝から仲間に言われっぱなしであるその言葉がイナズマさんからも放たれたものだから、下りかけていた瞼をなんとか上げて言葉を返す。すると返ってきたのは予想していた以上の酷さを物語るそんな言葉で。彼のそんな言葉に、俺は酷い歩き方をしていたらしい自分に呆れかえりながら、なんとか目を覚まそうとコーヒーをミルクも砂糖も入れずに口に含んだ。・・・今日は何でこんなに酷いんだろうか。どこか身体が悪いわけではないのだ。
「(ただ単に、何だか身体が重く、いつもよりも眠く感じているだけなんだけどな・・・)」
そんな事を考えていれば、どうやらコーヒーが無くなってしまったらしい。口に含んだつもりだったのに、苦みが一切口の中に広がらない事にしばらくしてから気付いた俺はけれどまだ眠気は覚めそうになかったから、もう1杯もらおうとテーブルに置いてあったポットへと手を伸ばし、 ・・・え?
「・・・あの、イナズマ、さん?」
手をポットへと伸ばそうとしていたのに、何故かイナズマさんの手が俺の手を掴んできた事によって阻止されてしまった。どうしたんだろうとイナズマさんへと声をかければ、視界に映った彼の顔は、何だか、とても楽しそうな笑みが浮かべられている気がした。けれど、その笑みだけではイナズマさんの考えている事がさっぱり分からなかったし、いつも以上に頭が回転していない所為で、その笑みの意味を考えること自体できなくて、
「・・・あの、イナズマさん?」
「本当に眠たそうだ。そんなに遅くに寝たのかい?」
「え、あ、・・・いえ、昨夜はいつもよりも早く寝たつもりなんですけど、」
何故手を掴んだのか、なんて意味を含ませて再び彼の名前を呼んだのだけれど、何だか上手い具合に話を逸らされた気がする。俺の質問には答えてくれないままに、イナズマさんは俺へと質問を重ねてきた。けれど、やっぱり頭が回転していなかった俺は話を逸らされた事に気付かないまま、彼の質問に言葉を紡いだ。そうすれば、イナズマさんは再度ゆるりと、今度は少しだけ苦笑にも似たその笑みを浮かべて、「・・・君の“いつも”自体がひどく遅いからね。」
「早く寝た、と言っても、あまり早い時間ではなさそうだが。」
「・・・う、それは、その・・・否定、できませんけど、」
俺にとってはとても耳が痛くなるそんな言葉をイナズマさんが放ったものだから、思わず彼から目を逸らしながら、けれど否定するだけの理由が集まるわけもなく、ぽつりと肯定するような言葉を返してしまう。そうすれば、「夜更かしのし過ぎは肌にも良くない。」 なんて女性に言うべきじゃないだろうか、と思うような言葉を紡ぎながら、イナズマさんは俺の手を握っている方ではないその片手をふわりと俺の頬へと伸ばして指を滑らせてくる。イナズマさんがそんな事をすれば、彼から背けていたはずの俺の顔は自然とイナズマさんの方へと向きを変えられてしまう訳で。
「(・・・俺は、今、)」
・・・どうやら俺の脳は、今頃になってようやく覚醒し始めたらしい。イナズマさんの手は、今、おかしなところに触れてないだろうか・・・??片手は俺の手を、そしてもう一方は、頬に?普段なら触れられただけでもどうにも恥ずかしさを感じてしまってあたふたと情けない姿をさらしてしまうのだけれど・・・そんな普段の感覚を、俺は今更ながらに感じ始めて、(それに、何だかイナズマさんとの距離が妙に近い気がして)
ふつふつ沸き上がってきた恥ずかしさに俺がイナズマさんへと声をかけながら、少しだけ距離をとろうとした、そんな時、
「・・・あ、あの、イナズマさっ、!!」
俺の指先へと、イナズマさんの唇がゆっくりと触れてくるその光景が俺の視界にしっかりと映し出されて、
「なっ、! あ、わっ、」
突然の・・・いや、イナズマさんからしてみれば、計画のうちだったのかもしれないけれど、少なくとも俺にとっては寝ぼけていたのもあって本当に不意だったイナズマさんのそんな行動に、当然、俺は一気に意識を浮上させて、情けない慌てぶりを見せてしまう訳で。
じわり、じわりと、触れられたところから全身へと熱が広がっていくのが嫌にでも感じられてしまいながら、それでも恥ずかしさからイナズマさんとなんとか再度距離をとろうとしたの・・・だけれど、
「まだ目が覚めてないようだったから、これで起きるかと思ってやってみたんだが、」
「足りなかったか?」 なんてひどく楽しそうな色を声に乗せながら訊ねてくる目の前にいるその人は、俺を離す気は全くないらしかった。(・・・というか、むしろ近、くっ!)